** Happy C×2 **
 ●苦しみを閉じ込める

 自分の全ては、あの人の為に使うと決めていた。
 刀を握る腕も、大地をかける足も、この命そのものも――全ては近藤さんの為に。
 幕府がどうだの攘夷がどうだの、そんなものは僕にとってはどうだっていい。近藤さんが右に行くのならば僕も右に行くし、左に行くならば同じ事。え? それが間違いだったらどうするって? どうもしないよ、だって、僕がやりたいことは別に、日の本の為じゃない。最初にも言ったけど、近藤さんの為だ。
 だから僕は、近藤さんの為に生きて、近藤さんの為に死んでいく。別に恩を着せるつもりなんてさらさらない。近藤さんの為に動きたいのは自分が望んだことで、だから結局は僕自身の為なんだからさ。

 なんて。
 そう、思っていたんだけどな。

  気がつけば、僕の身体は勝手に動いていた。どうやら自分が思うほど僕は、近藤さんの為だけに生きられるような人間じゃなかったみたいだ。
「大丈夫? 怪我、してない……?」
 誘い込まれたように、いや、実際そうだったんだろう。薫が気に入らない笑みを浮かべながら僕と彼女を見据え、その場の支配者の如く振る舞い、下した号令によって一斉に銃弾が僕たちに降り注ぐ。
 近藤さんの為だけを思うなら、自分は絶対に怪我をすべきじゃなかった。そして怪我をしない自信もあった。たとえばもしも僕以上に近藤さんの役に立てる人間がいるなら、その人を庇って死ぬのも有りだろうけれど、そうでもない人間のために傷を負うつもりなんかさらさらなかったはずなのに。
「――沖田さん!?」
 けれど今、僕が守った人物はその枠には当てはまらなかった。近藤さんの剣にも盾にもなれず、むしろ足手まといにしかならないような彼女を、どうして僕は守ってしまったんだろう。
 守りたいと思ってしまったんだろう。
「……どこも、痛くない……?」
「痛くないです……! おき、沖田さんが、守ってくださったから……っ!」
 ――じゃあどうして君はそんなに、泣きそうな顔をするのかな。
 撃たれた場所から、熱が広がる。暴力的なまでのそれがやがて激しい痛みとなって全身を駆け巡り、一呼吸するたびに血液が沸騰するかのよう。
 死ぬ事は怖くない。けれど、痛いのは単純に嫌だから困る。困りついでに、折角守ってあげたのに、泣きそうな顔をしている千鶴ちゃんにもっと困る。
(どうせだったら、笑ってくれたほうが嬉しいんだけど)
 馬鹿だな。君も、僕も。
 羅刹となった身体が治癒するであろう傷は一向に塞がる気配を見せず、唯人が撃たれたかのように僕の身体は重力に従う。千鶴ちゃんは泣きながら僕の身体を支えようと腕を伸ばし、けれど支えきれずに僕と共に地面へとしゃがみこんでしまった。当たり前だよ、女の子の君が、男の僕の身体を支えきれるわけがない。
 薫が笑う。それが酷く癪に障り、視線だけでも持ち上げて睨み付けた。普段の僕ならば、どうでもいい人間には関心すら抱かない。好いたり憎んだりといった感情は、ひどく面倒なものだ。だというのに、僕は確かに薫を憎んでいる。殺したい対象として、敵という肩書きさえあれば十分なはずの存在に、どうしてここまで憎しみを覚えるのかとふと不思議に思って、そして疑問を呈した瞬間に待っていたとばかりに答えが僕の中に落ちてきた。
(ああ、そうか)
 その顔だから癪に障るんだ。
 千鶴ちゃんと同じ造作の顔で、彼女が絶対にしないであろう表情と、言葉を紡ぐものだから。
 そしてその身に彼女と同じものが流れているかと思うと、この世界から抹消したくなる。
 なんでかな、なんて、考えかけて面倒だからやめた。消したい理由なんて、気に入らないの一言で十分だ。それ以上考える必要なんて僕にはない。
 千鶴ちゃんの声が聞こえる。そして遠くなる。耳に残るのは泣きながら呼ぶ僕の名前。ねえ、だから泣かないでってば。
(泣かないでよ)
 なんでか、僕まで悲しくなっちゃうからさ――。



 知らなかったんだ。
 そうしたい、って、強く願っている以外の願いが自分の中にあって、認めてなんかいなくたって身体が動くことがあるって。
 思えば、とうの昔からそうだったのにね。
 たとえば池田屋の時。たとえば薫との二度目の接触の時。それに、近藤さんが撃たれた時にでも。
 だけど僕は気付けなくて、気付かなくて君を沢山傷つけた。無意識に君を守れたくせに、意識的に君を傷つけて。
 それでも、いつだって真っ青な顔をしながら、手を震わせながらも傍にいてくれた。馬鹿だなって思った。そうだと思う感情は、愛しいからなんだってことにも気付かずに。
「総司さん?」
 千鶴が繕いものをする様をじっと見てた僕が気になったのか、名を呼ぶことでどうかしたのかと聞いてくる。
 千鶴のその意図はわかったけれど、僕はあえて無視してひたすらに彼女の手元をじっと見ていた。
「ええと……見てても別に、おもしろくないと思いますよ?」
 返事はしない。
「あの、総司さん?」
 同じく、無言。
「あんまり見られると、緊張して出来なくなってしまいます……」
「じゃあやめたら?」
 やっと望んだ展開になり、僕は満足げに唇を持ち上げる。千鶴は「へ?」と間抜けな声を出して本当に針を止めたから、僕はこれ幸いとばかりに千鶴の手から針をどけて裁縫箱に戻し、彼女の膝にあった僕の着物もぽいっとどかす。どかして、代わりに自分の頭を横たえた。
「じゃあお休み」
「あ、はい、おやすみなさい……? え、あれ?」
 千鶴はいつまで経っても子供のようで、本当にこの子は僕がいなくなったらどうするんだろうって思うような反応を返す時がある。
 僕は求めた結果を得られた満足感と、あまりに素直すぎる千鶴に不安を覚えて、一度閉じた目をあけると仰向けに彼女の瞳を覗き込んだ。
「だって君さ、朝御飯食べた後、片付けと掃除と洗濯してたよね」
 何を突然、と言った態の千鶴に構わず僕は言葉を続ける。
「やっと終わったかと思ったら、いそいそと裁縫始めちゃうし」
「だ、駄目なんですか?」
 夫婦になって一緒に暮らし始めてからの千鶴は、それはもう一生懸命「妻」であろうと頑張ってくれてる。屯所で一緒に暮らしていた時からよく動く子だなって思ってはいたけれど、僕の妻になってからの彼女はそれに輪をかけたように甲斐甲斐しく動く。
 何が気に入らないのかと、少しだけ拗ねたように、けれど残りの全部を不安色に染めて僕を見下ろす彼女の鳶色の瞳には、当たり前だけど僕の顔が映っていて、なんかいいなと思った。
 手を伸ばして柔らかな頬を触る。温かいそこは、柔らかなだけでなくすべらかで、心地よいから何度も触る。
「ひ、ひょうじしゃん」
 触るついでに、ついつまんじゃうこともあるけど。
 間抜けな声に噴出して、つまんだ頬を解放すると同時に腹を抱えて笑うと、ぺしりと背中を叩かれた。痛くない抗議は彼女の優しさで、だけどこれ以上笑い続けると、頭を膝から除けられるくらいには勝気な子だってことも知ってる。
「ねえ千鶴」
「なんですか」
「好きだよ」
 むす、っとした返事に愛の言葉を返せば、まん丸な目がぽっとんと落っこちてきそうで僕の方が驚く。
 じわじわと赤くなる頬。何度も何度も好きと告げても千鶴の反応は変わらない。けれどこんな風に驚くのは最近では稀で、なんだかちょっと前までみたいだなあと懐かしく思った。
 もし近藤さんが今も生きているとして。やっぱり僕は、近藤さんの為に死ねると思う。
 だけど今は、この子のために生きたいとも思う。他の人から見れば矛盾しているだろうその二つは、僕の中では共存する意思としてここにある。何よりも大切で、かけがえのないもの。
「好きだよ」
 重ねた言葉に、千鶴が降参とばかりに視線を逸らした。だから僕はもう一度手を伸ばして、千鶴の顔を自分に向ける。
「君の気持ちは?」
 千鶴の顔が怒りから呆れに、そして仕方ないと言った許容のそれが、苦笑に溶けてから純粋な微笑みに変わる。この瞬間が、僕はたまらなく大好きで。
 千鶴の細い指が僕の手に触れて、僕が指を彼女のそれに絡めて、千鶴が同じように応える。
 暫くそうして二人、互いの指の感触を遊ぶように確かめあう。絡めて逃げて、逃がして、捕らえて。絡まった手の甲を親指の腹で撫でたところでたまらなくなり、身体を起こして千鶴を抱き寄せた。
 触れるだけの口付けで済まそうと思ったのに、千鶴の唇が震えたから思わず深く口を吸う。口付けの意味なんて分からないけれど、本能がそうしたいと思うから従えば満たされる。君を無意識に想っていたのもきっと同じ事。
 僕はきっと昔から、君のことが好きだったんだ。自分でそうと気付く前から、君を好きになりたかったんだ。
 おかしいかな。でも君自身がすごくおかしな子だから、仕方ないよね。だからこれは君のせい。
 あげられた甘い抗議の声は僕を誘うだけのものだから、期待に沿うべく舌を引き戻し、出来た隙間を利用して彼女の下唇を食む。
 行為を一旦止めて、睫の先が触れそうな距離で千鶴を見つめる。無言のままただ見つめつづければ、彼女の声でもたらされる愛の言葉。ありがとう、と囁いて、広がった喜びが零れてしまわないように瞼を閉じて再び唇もふさぐ。こんなにも幸せな気持ちを、少しでも長く内に留めておきたくて。
 ああ、だからきっと、口付けをする時には目を閉じるのかもしれないね。
「ありがとう、って、なんだか変です」
 長い口付けの後に、どこか不機嫌そうな声で千鶴がそう呟いた。言われて考えたけれど、嬉しかったならありがとうって言うのはおかしくないんじゃない? と言えば、少し乱れた髪を手櫛で整えつつ、口付けで濡れた唇を恥ずかしがるように、上下のそれを軽く食みあって湿り気を均す。その仕草がちょっと色っぽくてもう一度口付けたくなったけれど、千鶴の返事が聞きたかったから堪えた。
「だって、お願いされた訳じゃないじゃないですか」
「だったらなおさらじゃない? 頼んでもいないのに好きになってくれたんでしょ」
「それは、だって、し、仕方ないじゃないですか」
 ――気がついたら、お慕いしていたんです。
 その言葉を言ってから、千鶴がはっとしたように僕を見て、やられたという顔をしたから僕は堪えきれずに噴出した。本当になんて、可愛い君。
「い、言わせましたねっ!? もう、総司さんひどいです……ちゃんと好きですって言ったじゃないですか」
「酷い言い草だね。別に僕は君にそこまで言えなんていってないし、まあ嬉しかったからいいけど」
「そうやっていっつもからかうんですから!」
 心外な言葉を言われて、僕は千鶴の鼻をつまむ。本当に嬉しかったのに、疑うなんて酷いじゃない?(疑われても仕方が無い普段の行動は置いておくとして)
 大して痛くないはずの鼻を擦りながら、じゃあ総司さんはどうなんですかと聞き返してくる。私がありがとうございます、って言ったら嬉しいんですか? なんて、嬉しい訳ないに決まってるじゃない。だって僕は、僕が君を選んで好きになったんだからさ。
 変若水を飲んで羅刹になった時、泣きながら謝った君に謝る必要などないと告げたように。
 僕が僕の意思で選んだ君に、ありがとう、なんて言ってもらう謂われなんかない。
「嫌」
「ほら」
「うーん。じゃあ撤回」
 ありがとう、と思った気持ちは本当だけれど、確かに告げる言葉としては不適当だったかなと思ってするりと撤回をはかる。そんな僕が予想外だったようでぱちぱちと目を瞬いている千鶴を見つめ、多分一番ふさわしい言葉を彼女に告げた。

 ありがとうの代わりに、同じ「あ」で始まるその言葉を。

 これでどう? と問えば、嬉しそうな顔で笑うから気付けば僕も同じ顔になって。
 今度は千鶴の声で告げられた、同じ「あ」で始まるその言葉に胸が苦しくなった。

 この苦しみの正体が「幸せ」なんだってわかって。
 やっぱり少しでも長く自分のうちに閉じ込めておきたくて、瞳や唇をとじるだけじゃ足りないと思ったから、千鶴の身体全部を強く抱きしめて僕の身体を塞いだ。
 だから人は抱きしめ合うんだって、やっと僕はわかった気がした。

 

 

 




 

 

Fin


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Comment:

無自覚・無意識・やきもち・幸せなおきちづ・ED後
の、キーワードを頂いて書いたはずなのに、欠片くらいしか残っていませんでした
ごめんなさいゆとさん!!
僭越ながら納めさせて頂きます(そそっ)。
いつも優しくして下さってありがとうです。すっごい励まされました。

総司は「近藤さんが一番。それ以外は皆一緒」と「思って」いると思うのですが、
無意識のところで彼本来が持つ優しさがにじみ出て、彼自身も「なんで?」と思うような
行動を取る人だと解釈しています。池田屋の時然り、子供たちへの接し方然り。
意識的に行動をする上では間違いなく近藤さん一番! なんだけれども、
それは彼の「志」の部分であって「心」ではなく、上手く言えないですが
そんな沖田さんがとても好きです。

無意識に人を愛せて、意識的に排除できる人だと思うのです。
口ではドエス沖田! ドエス沖田! 言うてますけど笑

薄桜鬼を自分なりに掘り下げるたびに、ひとって愛しいなあと心底思います。
矛盾があってこそひと。悩んでこそひと。
でも、その矛盾を内面に留めて一つを貫く姿勢に惚れるのです。
要するに片瀬は薄桜鬼大好きだよね! ということで。


20090727up




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