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●廻りゆくもの 2 |
まさぐっていた手が前に移動する。その先に何があるのか瞬時に悟った千鶴が本能的に足を強く閉じようとして、けれどすでに間に入っている土方の身体がそれを許さない。つるり、滑る感触が己の身体に生じている現象を明確に伝え、恥ずかしさに目を固く閉じた。
湿り始めてはいたが、まだだ。わずかなそれを指に攫い、潤滑油代わりにとばかり優しく入り口をなぞる。一際嬌声が高くあがり、自らにしがみつく強さが増すと同時に溢れ出る蜜も増える。
「ひ、じかたさ……っ、あっ」
「んな声で呼ぶな」
知り尽くしていたはずの千鶴から、知らない声で名を呼ばれ劣情が煽られる。ほとほと余裕ねえな、と、己の欲を殺すように唇を強く噛んだ。
様子を見ながら、指をゆっくりと差し入れる。己自身ではなく指だというのに、柔らかな圧迫を感じるだけで余裕が吹き飛びそうになる。一回り以上歳が離れ、かつ経験値も全く違うというのにこの様はなんだ。
入れた指で、千鶴の内壁をなぞる。なぞり、場所を変え、又なぞり。そうして一番反応の返る部分をしつこいまでに弄ると、千鶴の声に涙が混ざる。経験上、それは決して負の感情が生み出すものではなく生理的なものだとわかっているのに、心が痛い。頼むから泣くなと懇願してしまいたくなる。実際、懇願とまではいかずとも言葉にはしてしまった。
辛いだろうが、こうしておかないと後々もっと辛い思いをするのは千鶴だ。既に指先に混ざる赤いものが、予想ではなく事実千鶴が生娘だということを語っている。
思えば、千鶴のこんな顔を見たのは久しぶりの気がする。戦いが終わってからと言うもの、暫しの穏やかな時間が続き、彼女の顔に浮かんでいたのはいつも穏やかな笑顔だった。
こんな悲しそうで苦しそうな、何かを堪えるような表情。けれどこちらを慮って無理に浮かべる笑顔。おまえは不器用なんだから無理に笑うんじゃねえと言ったところで、ちっとも聞きはしなかった強情さ。
愛しい。愛しい。
「千鶴」
呼んだ名前に、言葉に表せないほどの気持ちを込めることが出来たらどんなに幸せだろうか。
好き、や、愛している、や、大切に思っている。などの言葉よりよほど、今生でただ1人と選んだ女の名の方が極上の愛の言葉だ。
「千鶴」
乗せた想いに受けるほうが気付く。身体ではなく心に起因する赤味を頬に浮かべ、ゆるりと瞳が揺れた。
「じ、かたさん」
「土方さん」
自分がそうしたように、千鶴が己の名を呼ぶ。どんな愛の言葉よりやはり、伝わる彼女の自分への想い。
馬鹿な女だな、と思う。何もわざわざ自分のようなどうしようもない男に惚れずとも良かっただろうに。
もっと幸せな人生がおまえにはあっただろうに。
(だがそんなもんはもう、過去のものだ)
今、千鶴は自分の腕の中にいる。それが全てだ。
千鶴がこの先この選択を例え後悔しようと、自分の方に彼女を手放すつもりは微塵もない。
ふいに細い指が土方の頬を撫でる。確かめるように、いとおしむように。
その手を自分の手で更に押し当て、土方は一度だけ瞳を閉じた。
いつか自分は、彼女よりも先に逝くだろう。
それは数年後かもしれないし、明日かもしれない。もしかしたらそれなりの人生を送れるほどの時間かもしれない。
どれくらいの時間かはわからないが、その全てを使ってただ、千鶴を幸せにしてやりたいと思う。
幸せにすると、誓う。
「あ、う、……んっ」
初めて男を受け入れる身体はやはりきつく、千鶴のみならず土方にも若干の苦痛を伴わせる。
だがそれが僅か緩んだ瞬間、苦痛は瞬時に反転し感じた事が無いような悦楽を土方にもたらした。一瞬動きを止め、息を吐き出さずにはいられないほどに。
千鶴は決して痛いとは言わなかった。相変わらず顔にはしっかり出ているというのに、それでも頑なに顔を左右に振って否定するのだ。
「おい千鶴。頼むから、そんな顔するくれえならはっきり辛えって言ってくれ。そのほうが楽だ」
別にそんなことくれえで今更怒ったり嫌ったりする訳ねえだろう、と、先回りして言ってみたが千鶴は頷かない。ぎゅう、とつぶっていた目を開き、同じく固く閉じていた唇をふるふると開くと、やはり震えた声で己の気持ちを伝えてきた。
「辛くなんか、ない、です」
「嘘つけ」
「本当です。そりゃあ少しは痛い、ですけど……私」
――いますごくしあわせなんです。
(ああもうまったく)
俺のなけなしの我慢を。努力を。思いやりを。
奪うような一言を言いながら、そのくせたまらなく可愛いからやっぱり大事にしてやりたいと思わせるあたり、本当にどうしろと言うのか。
おまえが悪い、と、一言で片付けて思うがままに抱き潰してしまいたい。
けれどこんなにも可愛い女を、何よりも大事にしてやりたい。
「土方さん? あの、私、大丈夫ですから」
「俺が大丈夫じゃねえんだよ馬鹿」
おまえの為だからちっと黙ってろ、と、繋がったまま動かない夫となった人物を不安げに千鶴は見上げる。
見上げて、初めてしっかりと土方を見た。行為に夢中だった時は全く余裕などなかったせいで見るということすら思いつかなかったその身体を。
原田や沖田は割と着崩していることが多かったが、斎藤や土方はきっちりと着物を着ていた。
初めてみる、むき出しの肩や胸元。そしてそれ以外の場所。
古いものや新しい傷。痕。それでも凄く綺麗だと思う。それが今、自分を抱いている。
今まで生きて戦いぬいてきた証を持ったその身体で。
(どうしよう)
愛しい。泣きたいほどに、この人が愛しい。
千鶴の細い指が手繰り寄せるように土方の襟足の髪を掴んだ。確かに男を受け入れた箇所は痛みを訴えている。だけどもう、それだけじゃないこともわかっている。
「私が、大丈夫じゃないです」
「あ?」
「土方さんが好きで、このままじゃ辛いです」
男の目が見開かれた。後、細められた目には諦めと決意が浮かぶ。
「本当に……江戸の女ってのは怖ぇなあ」
覚悟が足りてないのは自分の方か。自嘲して、真っ直ぐに自分をみる千鶴を見返す。
「いいか、抱くぞ」
「はい」
「抱き潰すからな」
「はい」
「泣いてもやめねえぞ。おまえが仕掛けたことだ」
「はい」
何度も確かめて。
変わらぬ返事に、にやりと笑った。
そして優しく口付をして。徐々にそれが深いものに変わるのに比例し、土方の動きが強いものへと変わる。
漏れる声が土方の舌にのまれる。口から漏れているのが声なのか息なのかそれとも嚥下しきれなかった唾液なのかすらわからない。時折反り上げた胸元に落ちる雫がやけにはっきりと認識できて、無意識に手を伸ばして濡れて束になった土方の髪先を掴む。
赤い痕が増えていく。残るものではないと知っているのに、所有の証を千鶴自身につけることがたまらなく心地よく、時折加減を間違えて歯を立ててしまう。
千鶴は泣いた。けれど、止めろとは一言も言わなかった。
言葉と裏腹に土方が千鶴を気遣おうものなら、それを許さないとばかりに涙目で睨んですら来る。漆黒の瞳は虚ろにすら見えるのに、恐ろしいほどの命の輝きを持って土方を捕らえた。
――おっかねえ女に捕まったもんだ。
きっと自分は世界中で一番の馬鹿で、一番の果報者だろう。
何度目かの解放が近いことを覚え、土方はその流れに身を任せた。
朝というにはいささか遅い時間に目が覚め、土方は全身に残る気だるさに眉をひそめる。
だがこんなことで羅刹の回復力を使おうものなら、千鶴との新婚生活はお先真っ暗だ。そういう意味では、気だるさが残るのは喜ばしいことなのだろうか。
(我ながらくだらねえこと考えてんな)
喉が渇きを覚え、水を飲みに行こうとして腕の中の存在が身じろいだことに気付く。ああ、そういえば朝まで枕を共にすることなどとんと無かったな、と己の迂闊さに舌打ちし、規則正しい寝息を立てる千鶴を見つめた。
いつも綺麗にまとめられている黒髪が乱れたままだ。頬に零れたそれをそっと後ろにやり、随分無理をさせたといささか反省する。
だがまあ、ある意味売られた喧嘩だ。買わない訳にはいかない。
慣れてきた頃ならともかく、初っ端からこんなつもりではなかったのだが、そういう意味でまだ自分は千鶴の性格をわかっているようでわかっていないのだと思い知らされる。だがそれは、決して嫌なものではなかった。
事後の処理はしたが、寝間着を着せる間もなく寝てしまったらしい。風邪を引いていないといいが、かといって今更着せるわけにもいかないので諦める。
(こうして寝てると……まだガキつってもいいんだけどなあ)
もう少し寝かしてやりたいが、早く目を開けて欲しい。いつもの声で自分の名を呼んで、ああけれど、昨日の今日だ。どんな顔で自分を見るのか楽しみでもある。
そっと名前を呼ぶ。睫が震えた。
再度名を呼ぶと、重そうな目蓋がとろりと持ち上げられた。
「起きたか、奥さん」
「? ……ひじかたさん?」
頼りない声が自分を呼び、笑いがこみ上げる。そうして自分の姿を確認し、千鶴の目が一気に覚めるのはそれから然程時間のかからぬうちであった。
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Commnet:
野原さんへのプレゼント。
自分の中では、この二人はこんなイメージです。
20090212up
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