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●無垢 |
「総司さんは、私のどこを好いてくださったんですか?」
いきなりの質問に面食らったが、質問をしたほうが至極まじめな(まあその頬はいつもどおり赤かったのだけれど)顔で聞いてきたから、からかうのもどうかと真剣に考えてみる。
どこを、と聞かれて、ここだ、と答えられる明確なものがない。
多分それは、いつから、と聞かれて答えられないのと同じで、気付いたら好きになっていたのだから後付の理由などいくらでも付けられるし大方外れたものでもないのだろうけれど、なんだかちょっと違う気がして総司は答えに詰まった。
「どこを?」
「はい」
「……」
「……」
「どこだろう」
「!」
文字通り驚愕の表情を浮かべる千鶴に、いやいやそういう意味じゃなくて、と付け足しながらなんと言ったものかとその後が続かない。
おもむろに両の手を広げてみる。そして一本ずつ指を折り曲げていく。
「おせっかい」
「お人よし」
「頑固」
「だまされ易い」
4つほど千鶴をあらわすに相応しい単語を並べたところで、横からがしっと腕を掴まれた。見えれば涙目の千鶴がぶんぶんと首を振って「もういいです」と悲しそうな声で言ってきた。
だから、反対の手を使って数えてみる。
「笑顔がかわいい」
「度胸がある」
「いざって時に強い」
「声もいいし」
髪のさわり心地も好き、と続けたところでそっちの腕もがしりと掴まれた。見れば、さっきよりも真っ赤な顔をした千鶴が今度は無言で首をぶんぶん振っている。
君が言えって言ったんじゃない、と不満げに総司が言えば、唇を真一文に引き締めたまま首を振り続ける。人がせっかくまじめに考えているのにと面白くなく、逆に総司が「じゃあ君は?」と問うた。
「君は僕の、どこを好きになってくれたの」
聞くことに必死だった千鶴が、総司に問われたことを反芻して瞬いた。自分の中に総司を想う気持ちは十分過ぎるほどにあるけれど、明確に「これ」という形が見つからない。だから、まさに今総司がそうしたように彼をあらわす言葉をひとつずつ心のうちで上げてみる。
最初は怖いと思った。それに、意地悪だな、とも。
何かにつけて役に立たないとか子供だとか、まあ事実そうだから仕方ないとしても、さすがに「殺すよ」とまで言われてしまっては二の句が告げなかった。
人を見ればからかうし、そういえばいつから怖くなくなったんだろう、と考えたところで。
「千鶴ちゃん」
久しく名前のみで呼ぶようになった夫が、昔のような呼び方で自分を呼んだ。
「はい?」
「独り言なのか会話なのかはっきりしてくれないかな」
「――!」
心の声は空気を震わせていたらしい。昔から直らぬ無意識の癖に赤面し、千鶴は大慌てですっかり不機嫌顔の総司に「これで終わりじゃないですから!」と言い訳めいたことをいった。
「いいよ別に。僕も君に優しくなかった自覚はあるし」
「意地悪でしたけど、優しかったですよ?」
「矛盾してない?」
言われて困る。確かに意地悪と優しいは相反するもので一見矛盾するのだけれど、その矛盾を内包してしているのが目の前の男だ。
そうかもしれませんけど、と続けて。
「でもやっぱり、沖田さんは優しかったです」
昔を思い出して、つい呼び方が戻った。無意識に口にした懐かしい響きに、千鶴だけではなく総司も双眸を細めた。
「近藤さんの為に、刀でありつつけようとするまっすぐさが好きです。意地悪なこともたくさん言われましたけど、裏にちゃんと思ってくださってるんだって気持ちがわかりましたから、大丈夫です」
「ほんと君って、お人好しだよね」
「そうですか?」
「うん」
千鶴の視線の先で、総司のつま先が動く。行儀悪く投げ出した足先は、長く踏み込まれていたせいでずいぶんと硬いことを知っている。そんなささいな、けれどあちこちに当然のように存在する軌跡。どれがそれ、というわけではなく、どれもそれ、なのだ。
小さなことが積み重なって、ひとつの形になる。総司が総司として生きてきた結果。自分が総司を好きだと思う気持ち。どれひとつとっても「そう」で、だけど「それだけじゃない」。だから、言葉がない。
困ったら笑えてしまった。総司は不意に笑い出した千鶴を不審げにみながら、でもその笑顔が幸せそうだからつられて笑う。
「たくさんあるんです。お慕いする気持ちは」
「うん」
「でも、それだけでもないんです」
「僕もだよ」
――それで、私思ったんですけど。
居間から、開け放たれた障子の向こうに見える庭と空を見る。千鶴の瞳はそれらを映しているようで、もっと遠いものを映していた。
「言葉に出来ないからこそ、言葉で否定できないから、いいんじゃないでしょうか」
優しいとか、強いとか、賢いだとか、所詮言葉(かたち)に出来るものは言葉によって壊される。
けれど内にただ「在る」だけのものなら、誰にも否定などできない。
満足げに微笑んだ千鶴をみて、総司は「やっぱり君っておかしな子だよね」と笑った。
自分もきっと、そんな彼女が好きなのだ。いつだって自分を驚かせてばかりの千鶴。それを嫌だと思わず、新鮮な驚きとして受け止めて、残ったものにぬくもりを覚えたときからきっと始まっていた恋。いつからなんて知らない。
総司の手が伸びて千鶴の腹を触る。いとしそうに2度撫でてから、同じ感情を含んだ眼差しを千鶴に向けた。
「だいたいそんなの、こんな時期に聞くことでもないでしょう」
千鶴の手が、自分の腹をさする総司のそれに重なる。そうですね、おかしいですよねと相槌を打ちながら、それでも知りたかったんですと照れくさそうに言った。
自分は何か、彼女を不安にさせるようなことをしてしまっただろうかと思うが、ほんのわずかも思い当たる節は無い。こんなにも毎日彼女ばかりに夢中で、正直他なんてどうでもいいのに(そしてそれを千鶴自身に怒られたりもするのに)。
「あのね千鶴」
甲に重ねられていた千鶴の手を平に包みなおす。そしてそれを彼女の腹にやさしく押し当てた。
「君の全部が好きだよ」
だから大丈夫。
「同じくらい、きっとこの子も好きだ」
不安になんて、これっぽっちもならないで。
千鶴が浮かべていた笑みが、更に深いものになる――うん、大丈夫だよ。
何かを言いかけた千鶴の唇が、結局何も生み出さないまま再び笑みの形に落ち着いた。それを確認した総司は千鶴の手を離すと、少し前に彼女がそうしていたように、庭の景色に視線を映した。
その眼差しに映るのはやはり、そこにあるものではないけれども。
Fin
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Comment:
かたちがなければ、こわれることはない。
20090517up
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