下駄箱を開けた瞬間に、それは起こった。
「「あ」」
ばらばらっと音を立てて落ちる色とりどりの物体。それが、ラッピングに包まれた――恐らくチョコレート、だと気付くのに然程時間はかからない。
「……」
運よく落ちずに済んだほかのチョコレートをのかして、オレは自分の上履きを取り出す。そもそもなんつーか、口にいれるもんを下駄箱にいれるっつー神経が信じられねえんだよなあ。
一緒にいた千鶴が、足元に散らばった箱を一つ一つ丁寧に拾う。そしてあまつさえそれをオレに「ん」って向けてくるから、正直おもしろくない。
「いらねえよ」
「だってこれ、平助君にだよ?」
「いらない」
言いながらしつこく下駄箱に残っていた2つを取り出して下駄箱の上に乗せる。千鶴が眉をひそめてそれを見て、だから なんでおまえがそんな顔すっかな。
「ほら。のんびりしてると予鈴鳴っちまう」
「平助君」
千鶴の指がオレの制服を掴む。同い年にしては若干幼い顔立ちが、膨れたせいで更に幼く見える。
オレは仕方なく千鶴に向き直ってがりがりと頭をかいた。
「だからさ、いらねえんだって他のヤツからのなんて。オレは千鶴からもらえればそれでいーし」
「その気持ちは凄く嬉しいけど、でもこういうのはちょっと可哀想だと思う」
「直接来るならちゃんと断るけど、こうやって一方的に押し付けてくるヤツの気持ちまで考えてやれって? お人よしだな千鶴は」
大体オレが断る理由にだって思いっきり関係してるのに、なんで千鶴がそんなこというのかとつい口調がきつくなる。
案の定千鶴は黙りこくり、それでも瞳だけで「でも」って訴えてくる。
それで結局オレは、そんな千鶴に勝てないわけで。
「あーもうわかったよ! とりあえず持ってきゃいいんだろ持ってきゃ!」
言うや否や千鶴が持っていた分と、下駄箱の上に乗せたヤツを乱暴に掴んでバッグの中に突っ込む。リボンに挟んであったらしいカードが幾つかばらけたけど、もうどれが誰からのなんて知るもんかよ。
微妙に気まずくなった雰囲気が嫌で、オレは千鶴に向き直る。オレが怒ったのかとおろおろする千鶴に、びしりと人差指を突きつけてやった。
「言っとくけど、食わないからな。持って帰るけど親父やお袋や兄貴達に食わせるから」
「う、うん」
「オレは千鶴のしか食わねえっつってんの」
分かれよな。
オレがなんで受け取らないのかとか、おまえのしか食べたくないのとか、それでもおまえが嫌がるならちょっとは妥協してんのとか。
(なのにこいつってば全っ然にぶいし)
付き合ってなんか無い。所謂彼氏彼女の関係じゃない。
だけどさ、オレがここまで言ってんだから、そろそろ分かってもいいんじゃねえの?
「えっとじゃあ、一緒に帰ろう? ちゃんとチョコレート用意してあるよ平助君の」
「……おう」
「あのね、今年は頑張って手作りなんだよ」
――だって平助君全然気付いてくれないから。
続いた言葉に一瞬固まる。
今、何て言った?
ぎぎぎと音がしそうな固さで千鶴を見れば、「ほらやっぱり」とでも言いたげな顔で見ている。
「どうせなら美味しいほうがいいだろうなって今までずっとお店の買ってたけど、平助君ってば全然気付いてくれないから今年は手作りにした」
「へ? あの、千鶴……?」
気付いてないって、なにが。
(気付いてないのはおまえのほうだろ)
それはそのまま顔に出てたらしい。千鶴がぷくりと膨れてじと、と睨んできた。
「だって平助君、私のこと好きだよね?」
(――っ!!!!!)
言って、赤くなって。それでも睨むのは止めない。
「でも、私も平助君のことが好きだってことには気付いてないでしょう?」
千鶴の声が、少し震えて。
「そういう鈍いところも平助君らしいけど、折角の2月14日だし今年で高校生活も最後だし、もうすぐ授業も始まっちゃうから言うけどちゃんとすきなんだから分かって」
いやあの、最後のはあんまり関係ないんじゃ、と思ったオレの耳に響く鐘の音。なんだこのタイミングは。
千鶴は言いたいことを言ったとばかりにくるりとオレに背を向ける。スカートの裾がひらりと舞って、少し見えた膝裏までもが真っ赤になっているのが分かる。
分かって――そりゃねえだろと思った。
チャイムが鳴り終わる。本鈴までは、あと5分。
「つか、同じクラスなんだから置いてくなっつーの」
上履きの裏で廊下を蹴って追いかける。フライングで負けたなら、本番までに取り返せばいい。
残り4分。千鶴の背中を確保。
残り3分45秒。その肩を掴んで。
「きゃ……っ!」
「言いっぱなしで逃げんなよ馬鹿」
残り3分40秒。
噛み付いた耳に、好きだと一言ささやいた。
Fin
コメント:バレンタイン前日だったので。
初出:20090213
再掲:20090318
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