オレの学校には有名な先輩がいる。
生徒会の副会長で、けれど「副」の肩書きのわりに実権を握ってるのは実はその先輩だというのがもっぱらの評価。
実際、オレが見ててもそう思う。
「ねーねー一君さー」
「平助、ここは学校だ。外でならともかく、わきまえろ」
「……斎藤先輩さ、そんないっつもしかめっ面で疲れない?」
椅子に抱きつくようにまたがって座り、ひたすら生徒会室で書類に向かう一君を見る。別に揶揄しているわけじゃなくて、本気の本心からの疑問。
一君はちら、と視線だけをこちらに寄越すとすぐに又書類にそれを戻す。その間、当然の事ながら手は疎かにならない。
「おまえの言うしかめっ面とやらが俺の平素の顔だとしたら、そんな心配は不要だ」
「っていうかさ、口調も固いよねはじ……斎藤先輩って」
「乱れているよりはいいだろう」
「まあそりゃ……そうだけどさ」
微妙に話がずれたことを感じ、一旦会話を打ち切る。オレは両足をぶらぶらさせながらそれきり無言になった一君を見、それから暮れ行く窓の外を見た。
そう、悲しいまでにオレンジ色に染まっていく空の色を。
「平助。用が無いのなら先に帰れ」
「いや、そうしたいのは山々なんだけどさ……今日はあんたを1人に出来ないっつーか1人にしたらオレが恨まれるっつーか」
「?」
だよな。わからないよな。
だからオレがここにいるんだっての。
げんなりしつつ、だけどこれが一君だから仕方ないと諦め、同時にオレにこんな義理を果たさせるクラスメイトの顔を思った。
今日は2月14日。所謂バレンタインデーと言うヤツだ。
いまどきバレンタインデーに手作りチョコで告白なんてベタな、と侮れないところが怖い。女子ってのはいつだって恋に必死だ。身近にこういった有名人がいると特にそれを実感する。
眉目秀麗成績優秀。おまけに剣道部主将で全国大会でも指折りの実力者とあっては、周りが放っておくはずがない。
だが本人はそういった色恋にとんと疎く、疎いがゆえにいらぬ誤解を招いて修羅場になったことすらある。大抵はあまりに淡白な対応に、撒こうと思った種ですら持ち帰ることがほとんどだが、たまに盛大なる脳内麻薬を分泌させて突っ込んでくる女子もいる。
そのどちらでもない――特攻する勇気も無いが諦めることもできない、所謂ごくごく一般的な女子からすれば、今日はかっこうの日で。
つまり、そんな日に一君を1人きりに残しておこうものならばどうなるかなんてのは簡単に想像が付く。
『お願い平助君! 部活が終わるまででいいから先輩と一緒にいて!』
両手を顔の前で合わせて、そう頭をさげたのはクラスメイトでありオレがきっかけで一君とも仲良くなった雪村千鶴だ。
なんとなく、二人が付き合いだしたんだろうなっていうのは見てて分かった。
そう、わかっちゃったんだよな。恐ろしいことに。
途端、しらーっと自分の表情が変わったことに気付く。そしてそうさせた犯人を横目でちらりと見れば、相変わらずの無表情で書類に向かっている。
静寂をやぶったのは、ノックの音だった。
「どうぞー」
「失礼します」
入ってきたのは案の定千鶴で、予想通り額に前髪を貼り付けての登場だ。
どんだけ急いできたんだよおまえ。
その声が響いた瞬間、一君の手が止まる。視線だけじゃなく、顔だけじゃなく、身体ごと千鶴に向けて、オレの時なんて作業を止めもしなかったくせに、ご丁寧にシャーペンまで机に置いちゃって。
(これでわかんないほうがおかしいっつーの!)
「部活は終わったのか?」
「はい」
なんだその柔らかい顔。まじで偽者なんじゃねーのっつーくらい、一君の顔は普段とは異なっている。つうかむしろ足して2で割ってもまだ甘いんじゃねえかってくらい。
「平助君ごめんね?」
「いいっていいって! 二人の為ならこんなの軽いっての」
んじゃオレ帰るわ、と椅子から立ち上がる。相変わらず一君だけが良く分からないって顔で、千鶴だけが申し訳なさそうにしつつ、それでも笑顔だ。
「あ、あ、平助君ちょっと待って!」
生徒会室のドアを開けて帰ろうとする俺を千鶴が呼び止める。千鶴は鞄から小さな箱を出し、それをオレに「はい」と差し出してきた。
「いつもありがとう」
本命じゃないそれは、けれどホンモノの気持ちが入ってるってわかるから嬉しい。
「サンキュな! じゃああとは頑張れよお二人さん」
箱を受け取ったままひらりと手を振って、オレは今度こそ部屋を後にする。
からり、ぱしゃん。扉を閉じて。
あとはさあ、二人で好きにすればいい(まあ学校だし、そもそもあの堅物がそこでなにかするっつーのは在り得ないけどさ)。
生徒会室から出た途端、近くに感じた数名の気配にオレはため息をつく。そして、本当に面倒見いいよなあ、とわれながら関心しながらも聞こえるように言ってやった。
「あんたらが幾ら頑張っても無駄だから、さっさと次の相手探したほうがいいぜー?」
つか今部屋に入ったら確実に絶望するし。っていうかノックで邪魔した時点で一君の機嫌が奈落の底に落ちるだろうし。
仮にも惚れた相手から冷え冷えとした視線なんて、向けられたくないだろ?
「さってじゃあ帰るかー」
帰ったら千鶴から貰ったチョコでも食べて。
明日盛大にからかってやろうなんて考えながら、オレは1人でオレンジ色の中を帰って行った。
Fin
コメント:斎藤×千鶴は第三者視点で書いたほうがじれっと感が出て好きです。
初出:20090213
再掲:20090318
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