** Happy C×2 **
 ●【薄桜鬼】 −斎藤×千鶴−(学パロ)

「ちーづるー! おまえ、今日どうすんの?」
 放課後になり、部活のあるものは早々に教室を後にし、用のないものは思い思いの行動に移る中、きっちりと今日使った教科書全てをカバンに詰めていた千鶴のもとに、少し席の離れた平助が声をかけながら寄ってくる。
 平助の言うところの「どうする」とは、放課後の過ごし方についてだ。
 彼が想定している千鶴の行動は二つ。このまま帰路に着くか、それとも彼女が付き合っている相手であり、かつ自分の友人でもある斎藤一の下校時間を待つか、だ。
 前者であれば遊びに誘い、後者であればその時間まで付き合ってやろうという計画をすでに立てて聞けば、千鶴の答えは後者だった。少し照れくさそうに笑いながら、今日は一緒に帰る約束をしているのと言った千鶴は友達の贔屓目なしに見ても可愛いと思う。
「そっか! んじゃオレそれまで付き合ってやるよ、どうせヒマだし」
「本当? じゃあ平助君も一緒に帰ろうね」
 にこにこと邪気の無い笑顔につい頷いてしまいそうになるが、そんなことをしようものなら相手――斎藤一がどのような顔をするかなど目に見えている。表情が乏しく、感情の揺れ幅が一見少ない男だがその実誰よりも熱い男なのだと付き合いの長い平助は骨身にしみてわかっている。無論表に出すそれと、出さぬそれという違いはあるが、本件に関しては残念ながら後者になるだろう。そしてその視線に耐える根性は自分にはない。
「いやいやいやいや、オレはオレで帰るし! っつうかそこまで野暮じゃねえよ」
「だって、平助君なら斎藤先輩とも友達なわけだし」
「そーいう問題じゃないっつうか……」
 ちら、と千鶴に視線を向けても「?」と首をかしげるのみ。だよなあ、わからないよなあと頷きながら、平助は困ったように笑いながらも「とにかく」と言葉を続けた。
「最初から三人で遊ぶって約束してんならオレも喜んで混ざるけどさ、そうでないなら遠慮するってだけ!」
「……そうなの?」
「そーそー」
 だって友達なのに、と千鶴が見せる残念そうな顔が素直に嬉しいが、友達の彼女の友達、というポジションは結構難しい。
 無論、長年友として付き合ってきた男が自分を疑うとは思っていない。そして自分もその信頼を裏切るような真似はしないと言い切れる。が、理屈と感情は違うのだと分かる程度には自分も男で大人になった。
 千鶴の前の席に回りこみ、椅子にまたがるようにして座る。千鶴も自分の席に座り、カバンを乗せた机越しに会話を弾ませた。
 学生生活の放課後は、ひどく穏やかだ。
 もうすぐ夏休みに入るということもあり、窓際のみならず教室全体の気温はとても穏やかとは言いがたいが、流れる時間は優しく、何の害もない。
 時折恵みのように起こる風が緩やかにカーテンを揺らし、コットンの腕に一時抱きとめられたそれが千鶴の前髪をも揺らす。平助の前髪も同じくだ。
 夏休みが近いということは、期末テストが近いことも表す。そして休み明けに行われる文化祭の準備にも追われ、学生には幾ら時間があっても足りない。
 きっと大人が聞けば怒るだろうけれど、それでも自分たちは忙しい。勉強も、イベントも、遊びだって、時間が幾らあっても足りない。いそがしいという言葉を口にしては眉を寄せ、時に笑う。そんな時間を、いつか青春と呼ぶのだろうなと想像してはやっぱり笑う。子供の役割など、そういうものだ。
 二限目の国語を担当した教師の物まねを平助がし、千鶴が笑う。先週の休みに親友の千と体験した出来事を報告し、平助が大仰に驚く。
 他愛無い会話を幾つも交わし、どれほどの時間が経っただろうか。
 喉が渇いたね、と千鶴が言い、じゃあひとっ走りして買ってくるよと平助が構内に設置されている自販機へ向かおうと立ち上がりかけた時、こん、と教室の入り口で小さな音がした。
「一君!」
「先輩」
 待ち人である男が、後方の出入り口に立っていた。先ほどの音は、斎藤がすでに開いていた扉をそれでも軽く手の甲で叩き二人に合図した為で、二人が振り返ったのを確認すると歩みを寄せる。
 二人がはさんでいた机に、とん、と紙パックが二つ。正に今買いにいこうとしていたものが置かれた。
「さっすが一君! 気がきくぜ」
「あ、ありがとうございます」
 とりかけて、もしかして千鶴と一自身の分だったのではないか、と平助は一瞬躊躇したが、自分のほうに置かれたものが牛乳だったのでその考えを一蹴した。遠まわしな厭味かと思ったが、一はこのようなみみっちいい嫌がらせをする男ではないことから純粋に自分の健康だの成長だのを考えてくれた結果だろう。それもそれでどうよ、と平助は思うが。
「今日は早かったんですね」
 紙パックにストローを挿しながら千鶴が笑みを向ければ、一は緩く首をかしげてその視線を教室前方の時計に向ける。
「いや、いつも通りだ」
 一の生徒会での仕事が終わるのは、おおよそ17時半。部活へ足を運べば更に1時間ほど遅くなるがその場合は別々に帰ることが多い。
 平助との会話に夢中になっていたせいだろう。元々一を待つ時間を苦と思ったことはないが、楽しければ時間はそれだけ早く過ぎる。千鶴が平助に礼を言えば、別に礼を言われることでもないと思うんだけどなあと平助は咥えていたストローに歯を立てた。
 平助と千鶴は2年生で、一は3年生、つまり受験生となる。
 本来ならばそろそろ部活も生徒会も引退となるのだが、否、実際引退はしているものの何かにつけては声をかけられ、相変わらずの生活を送っている。
 元々駄目ならばきっぱりと駄目と言う男だ。引き受けているということは問題がないと本人が判断した上でのことだと、何故か教師からも黙認されている。というのは半分表向きで、明らかに一がいたほうが部も生徒会も自分の手が楽になるという理由で許されているのが隠れた理由でもある。
 5分程度3人で雑談し、平助が立ち上がる。パックの隅に残った牛乳を行儀悪く音を立てて飲みきってから、ストローを咥えたままパックを折りたたみむと去り際に角のゴミ箱へ捨てる。
「じゃあな二人とも、又明日なー」
 半身をひねってひらりと手を振り、平助が二人よりも先に帰る。一緒でもいいのにな、と千鶴は思ったが、一と二人きりが嫌なのかと聞かれれば勿論そんなことはない。
 ふと気がつけば、いつも以上に一が寡黙な気がする。平助に振り返した手をそのまま下ろすのも忘れ、覗き込むように一の顔を見上げた。
「楽しそうだったな」
 零された呟きに、千鶴は笑顔で頷く。
「はい! 平助君と一緒にいると楽しいですよ、とても」
 だから、待っている間はちっとも退屈なんかしません、という意味も込めて言ったのだが、それにしては一の表情が暗い。暗いというか、なんと表現すればいいのだろう。
「先輩?」
 戸惑った千鶴の声に、本当ならすぐ笑顔を向ければよかった。そう頭ではわかっているのに、自分の表情は動かない。それどころか、余計な一言すら言ってしまいそうになる。
 自分といる時よりよほど、楽しそうに見えただなんて。
「平助君がいると、そこだけぱあって明るくなるんです。教室でも、すぐにどこにいるかわかりますもん」
 にぎやかだっていうのもありますけど、と千鶴は笑う。一の表情には気付かぬままにカバンの取っ手を持ちながら椅子から立ち上がった。そして思い出したいように「あ、でも」と言葉を続ける。先ほどとは違う声音で。
「たまに、なんですけどね」
 恥ずかしそうに、まるでいけないことをしてしまったことを告白するかのように、声量までをも小さくし。
 その様子が気になり、一が千鶴のうつむきがちな額を見つめる。真ん中で分かれている前髪が彼女の表情を隠し、どんな顔をしているのかが見えない。
「平助君と一緒にいる斎藤先輩を見てると、ちょっとだけ悔しいなって思っちゃうんです」
 ――だって、すごくすごく楽しそうだから。
 やっぱり、同性同士だとそうなのかなとか。
 昔から気心が知れてるからなんだろうな、とか。
 一が「楽しそう」な理由など挙げれば沢山あるけれど、幾つあったとしてもなんだか悔しくなってしまう。
 自分では、一をあんなふうに楽しませてあげられない。無いもの強請りだとわかっていても、好きな人だからこそ自分が一番幸せにしてあげたい、だなんて。
「欲張りですよね、えへへ」
 むしろ身の程知らず、のほうが正しいだろうかと気付き、千鶴が慌てて顔をあげたらまっすぐに向けられていた視線に思わず固まってしまう。
 予想外に近い位置にあった一の眼差しに思い切りうろたえ、反射的に大きくのけぞると自分の椅子の足にがこんと踵がぶつかってよろける。悲鳴を上げることも出来ずに固まったままバランスを崩せば、一の腕が伸びて自分の腕を掴み、引き寄せてくれた。
「あ、ああありがとうございますっ!」
 はからずも抱きしめられる形となり、でもこれは不慮の事故であって決してそういうものでは! と千鶴は必死に自分を落ち着かせようと言葉を尽くす。だがそんな自分をあざ笑うかのように脈拍はあがり、血流は元気よく巡り巡って頬も耳も、襟足だって真っ赤に染め上げていく。
 一見細身に見える一の身体が、その実見事なまでに鍛え上げられていることをもう自分は知っている。制服の、たった一枚のシャツの下がどうなっているかなんて。
(――っ)
 何を馬鹿なことを考えているのか。千鶴は考えを断ち切るように身体を起こそうとしてそれが出来ないことに漸く気付く。自分を引き寄せた一の腕が自分のそれを捕らえたままで、かつ反対の腕も自分の背中に回されたまま動く気配がない。
「せ、せん、ぱい?」
 もう大丈夫ですよ、と言っても一は縛めを解かない。それどころか抱きしめる力が増している気がする。一体何が起こっているのかと顔をあげようとしたら、それすら許さないとまでに背中に回っていた腕があがり、手のひらが後頭部を固定した。
「さ、さささささいとうせんぱいっ!?」
「俺も、だ」
 慌てる千鶴をしっかりと抱きしめ、一は独り言のように呟く。
 何が一もなのか、と、全身で問うてくる千鶴に明確な答えは返さず、ただ同じ気持ちなのだと重ねて告げた。
 そして改めて千鶴から聞かずとも思い知る。楽しい、と幸せは、必ずしも一致しないのだと。
 楽しいことは幸せにつながる。けれど、楽しさから生まれた幸せが一番のそれとは限らない。
 ただ共にいて、満たされる気持ち。愛しいと思う相手との時間。たとえそこに会話がなくとも、触れる温もりがなかったとしても「幸せ」だと思える『幸せ』。
 そっと、離す時ですら丁寧に扱わねば壊れると言わんばかりの所作で一が腕を解けば、自分が抱きしめたままの形で固まった千鶴が在る。
 結い上げた髪の、地肌までもが赤く染まり、顔を上げることも出来ないのだろう。ただでさえ小さい身体が更に小さくなっている。黙ったまま見守っていれば、そろそろと伺うように向けられた視線が心なしか潤んで見え、思わず学校だということも忘れて口付けそうになったのを自制する。
「帰るか」
「は、い」
 自分の後に続いた千鶴がカバンを忘れたことに気付き、慌てて机の上のカバンを掴む。そして今度こそと歩き出したところで一が買ってやったパックジュースが飲みきらずにやはり机の上にあることに気付き、同じく慌ててそれを取る。
「落ち着け。置いては行かない」
「すすすすみません……っ」
 酷く恐縮する千鶴の手から紙パックを取り、一口飲む。
 飲み慣れないそれは、酷く甘い味がした。









Fin


コメント:

最初斎藤さんに言わせようとしていた台詞をどうしても斎藤さんは言わないだろうと思って困っていたら、千鶴ちゃんが言ってくれて助かりました。
設定は以前の学パロと同じ感じで一つ!



初出:20090520
再掲:20100309

*Back*


copyright (c) 2007 Happy C×2