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● ありがと、またね。 ※死にネタ注意 |
風花と彼が付き合っていた、と知ったのは、『あの日』の翌日だった。
水が和紙にしみこんでいくように、じわじわと思い出されていく記憶の数々。突き動かされる衝動。卒業式の最中だというのに、私たちにとってはそんなもの何の足かせにもなりはしなかった。
「私たち、やっぱ思い出したじゃん!」
「ったりまえだろー? 忘れるわけねえっつーの」
ほんの一瞬前まで、仲間どころか仲のいい友達でもなかった筈の順平が、以前と同じ近しさで私の一歩先を走る。屋上へと続く階段を駆け上がりながら、負けるもんかと順平と共に段を飛ばした。
「皆……はや、いっ」
美鶴先輩と真田先輩が私たちの一歩あとに続いて、その更に後ろが風花。運動が決して得意ではないコだから、このダッシュはきっときついんだと思う。
(でも、待ってなんかあげられない)
心の中で風花に謝りながら、私はもっともっととスピードをあげる。ねえ、私思い出したよあの日のこと。思い出したよキミのこと。
ローファーのかかとががつんがつんと聞いたことのないような音を立てる。それで、自分がどれだけ急いでるのかを思い知らされてなンか笑える。
心臓が回転を早めれば早めるだけ近づく彼との再会。キミは忘れてるかもしれないけど、私キミのこと思い出したらまず最初にしてやりたいことがあったんだ。
「ふっ……ふふふ」
「……なんだよゆかりっち。気味わりぃな」
「どっちの手にしようかと思って」
走りながら両の手をぐーぱーした私に何かを察して、順平の顔色がさっと青ざめる。
「おい……まさかとは思うけど」
「そのまさかよ」
「はあ!? んでそうなるんだよ、仮にもこの世を救ったスーパー救世主に対して!」
「それは結果論であって、あの時彼が私たちを置いて一人で言っちゃったことには変わりないでしょ!? 私はそーゆーのだいっ……きらいなの! 自分だけかっこつけてンじゃないってーのよ」
よし決めた。遠慮なしの右手にしてやる。
私はまだ何かを言いたげな順平を視線で黙らせ、見えてきた屋上への扉に手を伸ばす。
そこに、希望だけがあると信じて疑わずに――
「有里君! アイギス!」
身体を割り込ませるようにドアを開き、途端広がった視界と降り注ぐ光量に一瞬目をつぶる。
そして、穏やかに微笑むアイギスと、彼女の膝でまどろむ彼の姿を見つけて。
昨日まで開いていた眼差しは開くことをせず。
ただのクラスメイトで、それ以上では決してなかった彼とのやりとりが、私たちとの一番新しい思い出になった事に嫌でも気づかされて。
一瞬で――地獄に突き落とされた気分だった。
アイギスがなんで笑っているのかがわからなかった。
穏やかに眠る彼をその膝に乗せ、まるで勤めを終えて帰ってきた息子を迎え入れるように笑う彼女を見て、私は自分が怒ってるのか、それともどこかで理解してしまったことが悔しいのか、けれど不思議と涙はでなくて。
心臓は動いている。けれど、彼のその眠りが普通の眠りとは違うことなんて、わかりたくないのにわかってしまった。
ありさとくん、と。
あんな小さな小さな風花の声が、どうしてか耳にはっきりと届いたのはきっと、彼女と彼がそういう関係だということが呼びかけ一つにあらわれていたからなんだろうと、今ならわかる。
平穏さを取り戻した世界。
おだやかな春のひざし。
あたたかいかぜのにおい。
とりもどせたきおくには、いつダってどこだってきみのこえとまナざしがあふレテるっていうのに。
乾いた呼吸を吐くことしか出来ない私の横に、あの子がそっと近づいて、並んで。
まるで彼と視線を合わせるようにひざまずいた時点で、こんなになってもつながってる二人を思い知らされて、私は順平に肩を抱かれてその場を譲ることしかできなかった。
「ありさとくん」
誰よりも泣き虫で、臆病なくせに。
「……お疲れ様。ありがとう」
ここぞってとき、この子は強くて。
「だけど」
笑みを浮かべた頬に零れ落ちたしずく。
彼の制服の肩におちて、染みをつくってく。
「もうちょっと、待っててくれても良かったんじゃ……ないかなあ」
わたしまだ、何も言ってないよ。
思い出したことも、ありがとうも、今の気持ちで大好きってことも。
そう言って本格的に泣き崩れた風花を見てやっと、私も泣くことが出来た。
私言ったよね。
出会った時から、自分に関して――生きるということに関してキミが頓着してないように見えたから、何度も何度も。
「こんなに……泣いてんじゃないのよ……っ」
子どものように泣きじゃくりながら、もうとっくに喉とか気管とかそういうの、壊れてるんじゃないかってくらいしゃくりあげる風花に、誰もかける言葉なんてない。
ここでキミが何か言わなくてどうすんの。キミの役目でしょ。キミの大切な子なんでしょ?
女の子泣かせてんじゃないわよ。八方美人で誰も悲しませないのがキミの取り得だったじゃん。何寝てんのよ。
「起きなさいよ、バカぁ!」
――もっと自分のこと、大事にしなよって言ったじゃん!
記憶を取り戻した私たちに待っていたのは、大切な仲間がいたという事実と、その仲間を失ったという事実。
そして、何故彼がそうなってしまったのかは、荒垣先輩や天田君のお母さんがそうであったように、誰にも知られること無く処理されるのだろう。
まぶしいくらいに晴れ上がった空と、舞い散る桜の花びら。
キミが守ったこの街が見渡せるこの場所で、何を思って眠りについたのだろうか。
守ってあげられなくてごめん。
一人で背負わせてごめん。
そんな言葉だって、伝えられなかったね。
私強くなるね。
もう、過去ばっか見るのやめる。キミが守ってくれた未来を、ちゃんと見据えて歩いていけるように頑張るから。
いつかまた、今よりずっと先に世界の終わりが来たら、そこでまた会おう。
そしたら一発ひっぱたいて、あやまって、全部チャラにしてさ。
みんなで、かえろう。
Fin
Comment:
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このお話でのゆかり→主人公への想いは、好きな人未満友達以上な感じで。
好きな人を失った悲しさではなくて、純粋に大切な仲間を失った気持ちが書けてたらいいなあと思うのです。
20070605up
*Back*
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