** Happy C×2 **
 ●だからどうか

 僕が僕であるうちに、僕を殺して。
 お前がお前だから、お前を殺すなんて出来ないんだ。

 互いの気持ちは、痛いほどわかって。
 だけど、自分のそれも譲ることなんて出来ない。


 綾時が笑う。口にした内容とは裏腹な――ある意味これ以上ないほど同一な――柔らかい笑みを浮かべて続ける。残酷なまでに。

「君が今、僕を生かしてくれたとしても、じきに『僕』は消える。惜しんでくれる命なんて、もとから無いんだ」
「そういう問題じゃ、ない」
「うん、そうだね。下にいる皆も、自分の意思で戦うことを選んだ。逃げることを拒んだ。けれどそれは、迫りくる週末の本当恐怖を知らないから」
「そういう事を言ってるんじゃない!」
 自分が口にした内容を険しい口調で否定した湊に対し、綾時は苦笑するしかなかった。
 知っている。階下のメンバーはともかく、目の前の彼がどういう意図で自分の言葉を否定しているのか。
 否定して、くれているのか。
(キミは、やさしいひとだから)
 だから悲しませたくない。
 これ以上傷ついて欲しくない。
 ――僕がキミの中にいたせいで、僕はどれだけのものをキミから奪ったというのだろう
 だからこそ。
 穏やかな終焉を、迎えてほしいのに。
 す、と、間に空いていた距離を一歩だけ詰めて綾時は首を傾けた。困ったような笑みが浮かんでしまうのは、どうしてだろう。
(決まってる)
「……ありがとう」
「――っ」
「けど、言っただろう? どうせ『僕』は消えるんだ」
 許容した笑みを浮かべる綾時を見て、湊は憤りを隠せない。けれど、これを彼にぶつけるのは間違っているのだけはわかったから、握り締めた拳でその怒りをやり過ごした。
「それ、でも」
 夜中に突然現れた少年。正確には、この寮に迎え入れてくれた一番初めの人物。
「それでも俺は」
 ファルロス、と、その名を教えてくれたのはいつだっただろうか。
 満月が近づくたびに姿を現した少年に、奇妙なほど恐れは感じなかった。むしろどこか懐かしいとさえ感じたあの感覚は、長年共に『生きた』者に対する当然の感情だったのだと今ならばわかる。
 前髪の隙間から、聞き漏らすことを許さぬ強さを湛えた瞳で湊は告げる。
 消えるとか消えないとか、そんなことは関係ない。今、自分の目の前にいて、この瞬間確かに存在するおまえ自身を否定なんかして欲しくない。
「友達を殺すなんてこと、出来ない」
 ――ぼくたち、友達だよね
(もうとっくに)
 確認されるまでもなく。
 ファルロスだった彼も。望月綾時である彼も。
 そして多分きっと。
 デス、と呼ばれる存在になった彼ですら。
「……有里君」
「友達、だろう?」
「だけど」
「お前が言ったんだ。俺とお前は友達だって。これから、この先がどうであろうと、何が変わろうとそれは変わらない。だから」


「だから俺は、【お前】を殺すなんてこと、出来ない」


 闇の女王が笑う。
 愚かな人間だと。理解を超えた恐怖に感覚さえ鈍ってしまったのかと。
 力を持たない愚鈍で脆弱な生き物ほど、危険を察知する能力に秀でていると言う。守る術を持たない生き物は、ならばそのような事態にならぬよう、察知することで種を守るのだと。
「……馬鹿だね、君は」
「お前のほうが馬鹿だ」
「うん。そうなのかもしれない。けどね、彼女には誰も勝てない。いや、勝つとか勝たないという問題じゃないんだ。言うなれば必然。それでも君は、君たちはその恐怖すら受け入れようと言うのかい?」
 デスとしての意識がもたげ始めた今、哀れみすら覚える友人の選択に問う。問われたにんげんは、鈍い空色の瞳に凛とした光を浮かべ。
 絶対の『死(デス)』に、言い放つ。
 ――受け入れなどしない、と。
「立ち向かうんだ」
 だから、おまえも。
 その願いが、言の葉になることはなかった。唇をかみ締め、けれどわかって欲しいと先走る願いだけが眼差しの強さになり綾時を射抜く。
 ――時がくる。
「……もう、お別れだ」
 シャドウである自分に涙などない。
 だけど、このこみ上げる熱はなんなのだろうか。
 綾時は右手を拳の形にすると、その熱を押さえつけるかのように強く胸に押し当てた。


 告げられなかった言葉は、想いとして綾時に受け継がれる。消えてしまう望月綾時としての人格。人であった頃の感情は消え、あとはもう制裁を与える夜闇の女王の一部として――最後のピースとして溶け入るだけ。
『立ち向かうんだ』
 人として必要な、あらゆる感情を教えてくれた彼が、最後に自分に教えてくれたこと。
 ――抱きしめる腕を振りほどくこと。
(僕だって友達を殺したくなんかない)
 大好きな友達。
 大好きな彼。
 こんな気持ち、知らなければ苦しむことも無かったけれど。
「それでもやっぱり、僕はヒトでいたかったなあ」
 呟きは空へ消えたのか。彼女の体内に響いただけなのか。

 生まれた意味は、この世界に終わりを告げるため。
 けれど生きる意味は。

「……だいすきだよ」




















「……」
 残された部屋で、もう『彼』が現れることのない部屋で湊は立ちすくむ。
 いえなかった。
 誰よりも諦めないでいて欲しいと願った相手に、それを告げることができなかった。
「友達だ、なんて言って……このザマだ」
 しんしんと冷える空気が、やるせなさをより倍増させる。綾時に告げる代わりに握り締めた拳が未だそのままだったことに気付き、かなり意識をしてその拳をゆるりと開いた。











Fin




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Comment:

ふと、主人公に対する自分のあまりの思い入れのなさをおかしいと思い、何でだ?と突き詰めた結果、自分にとって主人公はゲーム側の人間じゃなくってこっち側(プレイ側)の人間としてしか見ていなかったことに気付き。
そうじゃないだろうと改めて主人公という人物を考えてみたらもう切なくてたまらんくなって勢いで書いてしまったシロモノ。
まだFESクリアしてません。


20070807




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