** Happy C×2 **
 ● 知ってるよ

 幼い頃の記憶は、あまり覚えていない。 
 ただ、何を考えているのか良くわからない、と言われる事が多かった気がする。 
 だから、順平に何を言われたところでどう思っているかなど、きっと誰にもわからないだろうし、聞いても面白い話ではないとわかる以上、改めて伝えようとも思わない。 
 順平が何故あのように苛立っているか、その理由はわかる気がする。わかったところで、自分にはどうしようもない。 
 けれど、順平の性格から言っていつかは彼自身で気持ちの整理をし、前のように戻るはず。そう、わかっているからこそ何かをする必要はない。 
「……」 
 相変わらず表情の読めない横顔を見て、風花が眉を寄せる。だけど。 
「有里君」 
 ゆかりのからかい半分の言葉に切れ、一足先に帰った順平と、そんな彼に呆れつつも放っておけないと思ったのか、結局後を追ったゆかり。 
 シャドウが現れた繁華街外れのホテルの前に残された湊と風花は、ゆっくりと寮への道を並んで歩く。 
 声をかけたものの、続く言葉が出てこない。そんな風花をいぶかしみ、長い前髪の隙間から覗くように湊が風花を見返す。 
 そのせいで余計に風花の言葉が詰まることを知らずに。 
「えと、その……」 
 自分と彼は、出会ってそれほど日が経っていない。それでも感じたことを何とか言葉にしようと思い立った訳だが、勘違いだとしたらこの上なく恥ずかしいし、さぞ馬鹿にされるだろう。 
 だいたい、おまえに自分の何がわかるのかと言われてもおかしくないのだ。 
「なに? 山岸」 
「うっ、ううん! ごめんなさい、なんでもないの」 
 顔の前で両の手をぶんぶん振り、中途半端な笑顔でそう返すのが精一杯。 
 湊はそれ以上聞くこともせず、再び前を向いて歩き出した。隣を遅れないように歩きながら、風花は己のふがいなさに泣きそうになって。 
 本当は、泣きたいのは彼のほうだと思うのに。 
 そう思ったから。

 
(元気だして、なんて) 


 自分ごときに言われても、きっと彼は喜ばないだろうけど。 
 いつもそうだ。思ったことをうまく言葉に出来ず、だけど人一倍顔には出して。 
 わかって欲しい、わかってあげたいと思いながらも行動にあらわすことが出来ない。だから、周りを苛立たせてしまう。 
 何が言いたいの、と。 
 
 有里湊という人物は、とにかく動じない人だと思った。 
 実際、どんな強敵が現れても彼はあわてず、的確にリーダーとしての役割を果たしていく。 
 けれど冷たいということではなくて。それが、とても不思議。 
 隣を歩く、自分より背の高いおとこのひと。 
 だけど、ちゃんと並んで歩いてくれるひと。 
 だから、順平(仲間)にあんな言葉を投げつけられて、傷つかないわけがないと思うのに。 
 顔や言葉に出さない彼の気持ちを、わかってると伝えたくて。伝えられなくて。 
 それきりうつむいて帰った日を、昨日のように覚えてる。 
 満月の照らされて伸びた影が、必要以上に闇色だった。 
 



「その……悪かったな。なんか、色々」 
 居心地の悪そうな謝罪が耳に届いて思わず振り返った時、謝罪された側は相変わらずの無表情だった。 
 何のことか忘れた、と、返事をし、その言葉に安堵した相手が立ち去った後、ほんの少しその口元が緩んだのはきっと気のせいなんかじゃない。

 
(ほら、やっぱり) 


 気にしてたんだよね。 
 わかってたけど、寂しかったんだよね。 
 だからうんと、うれしいんでしょう? 

 勝手にゆるゆると解ける頬をそのままに、風花は湊の下に駆け寄る。 
 よかったね、と、たったそれだけの言葉に染まった耳たぶが、なんてかわいいのかと思って。 
 思わず噴出してしまった風花を置いて、湊が歩いていってしまう。 
 その背中を見ながら、前ほど怖くなくなった彼の存在が自分の中で変わり始めたのを、風花はまだ気づかずにいた。





Fin


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Comment:

はまりたて初期に拍手で掲載したものを転載。


20071101up




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