|
|
|
|
● 伝えたい気持ち |
今日が何の日かなんてすっかり忘れていた。
そりゃあ、言われてみればやたらと周りが浮かれているな、とか、昨日薬の補充で立ち寄ったボロニアンモールがいつもより華やかだったな、とか、思わなくもなかったけれど。
昼休み。昼食を食べ終わって、さて、残り時間をどう過ごすかなとぼんやり考えていた時に携帯がメールの着信を知らせる。
制服のポケットから折りたたみのそれを取り出すと、片手でぱかりと開ける。メール一件――送信者は『山岸風花』。
そのメールを見た時の俺の感情をなんと言えばいいのだろう。
男として、誘うべき相手から誘われてしまったということに対する情けなさと、彼女に対する申し訳なさ。
それから。
『私じゃ、駄目かな』
「……」
なんとも苦い気持ちになり、携帯の画面を閉じる。
っていうか、もし俺が「駄目だ」って言ったらどうするんだろう(言わないけど)。
反対の手をポケットに突っ込んだまま、俺は再び携帯を開く。そして手短に応、の返事を送ると、用はないとばかりに今度こそ閉じたそれをポケットにつっこんだ。
俺と山岸が、いわゆるそういう関係であることは、誰も知らないし言うつもりもない。
俺はどっちでもいいのだけれど、山岸が恥ずかしがることと、順平あたりに冷やかされることを考えれば無難な判断だ。
けれど、それと山岸に遠慮させるのとではまったく別の話で。
隣を歩く山岸の、嬉しさを隠そうとして隠しきれていない笑みが可愛いなと思う。
必要以上に自分を卑下するところはどうかと思うけれど、でしゃばりすぎないところと、何より本当に必要なことはきちんと伝えようとする強さが俺は好きだ。
「すごいね……あの電飾なんて、木じゃないのにちゃんとツリーってわかる」
「山岸」
足を止めて俺を見上げた眼差しは、クリスマスという祭りをこれ以上ないほど楽しんでいるのが伝わってくる。
だからこれは、きっと俺の我侭なんだ。今のままでも十分楽しんでいる彼女に、それ以上を望んで欲しくて。
与えてやれなかったのは、自分なのにな。
「あのさ……昼休みのメール。これ、誘ってくれた時の」
「う、うん」
「私じゃ駄目かな、って、どういう意味?」
「え?」
言葉の意味がわからない、とでも言うように、大きな目がぱちりと瞬きをした。
それで俺はあらゆることを諦めて、一方的に降参をする。本当は、そうだってことを山岸自身に思ってもらえなきゃ意味がないんだけど。
「山岸じゃなきゃ、駄目なんだけど。そういうの、わかんない?」
付き合っていれば至極当然。こんなことを彼女に言わせてしまったのは、彼女自身の性格の問題と――俺の不手際。
鬱陶しく顔にかかる前髪を一度だけ梳いて、くしゃりと握りつぶす。そうして両の目で見つめた相手は、唇をこれ以上無いほど硬く一文字に結んで絶句していて。
ごめんねと、そういう意味じゃなかったの、と。
そんなこと今更言わなくたってわかっている言葉ばかりを散々並べ立て、うつむいてしまった彼女に俺は結局謝る羽目になる。
責めるつもりじゃなかったのだと、告げた俺に返ってきた言葉は予想外のもので。
「ううん……嬉しかった」
そういって俺を見上げた彼女の顔は、傍目にもわかるくらい幸せそうだったから、俺はまったく訳がわからない。きっと、いつもの通り表情になど出ていなかったろうけれど。
「有里君は、いつも私の欲しい言葉ばかりを、くれるね」
そうして、その言葉のあとに手渡された彼女からのクリスマスプレゼントに、当然ながら何も用意していなかった自分を激しく罵ったのもやっぱり、俺以外誰にもわかることはないだろう。
Fin
----------
Domment:
P3正式アップ1本目は、ゲーム中の12月という意味合いを全く以って無視した(…)お話になりさがりました。
風花ちゃんからのメールを読んだらそう思っちゃったんだもの!
20070604up
*Back*
|
|
|
|
|