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● 薄霞の向こう |
別に恋人同士ってわけじゃない。
だけど、ただの友達なんかじゃないって思ってるのは、気のせいなんかじゃないし、もしそんな風な認識だったら一発くらいひっぱたいてやろうかなと思うくらいの関係ではあると思う。
「岳羽……まだ怒ってるの?」
言葉面を追えば機嫌を取ってるように見えなくも無いそれは、けれど声の響きに裏切られる。
冷静に状況をうかがう声。怒っているのかどうか。YESかNOか。それだけ。
「怒ってないわけないでしょっつか許されるとでも思ってるわけ?」
入り口付近にいた男子チームをことごとくスルーし、外にでた私たちを追って彼らがついてくる。
なんとなく担当が決まっていたかのように、美鶴先輩には真田先輩が、風花には順平が、そして私の後ろには有里君がついてきた(ちなみに綾時君はとっとと別の女子を追いかけて行ってしまった。全く以ってどーでもいい)。
たぶん一番の貧乏くじは真田先輩だろうと冷静に思いながら、私だって十分過ぎるくらい怒ってるんだからと歩く速度を速める。けれど、それで距離が開く気配はない。
「言っただろ。全部偶然で、そもそもあの時間に入ろうって言ったのだって順平が」
「もー何度も聞いたってばそれ。大体キミが首謀者だなんて思ってないって」
「じゃあ何でまだ怒ってるんだよ」
「……っ! 聞くなバカ」
何でわかんないの。何でわかんないかな!
耳に届く大きなため息。何その被害者みたいな感じ。私、メチャクチャ傷ついたんだから。
露天風呂で彼らと遭遇した時、正直固まった。恥ずかしさの以前に呆然、と言った感じだった。冷静に状況を把握して恥ずかしいと思う前に、美鶴先輩が『処刑』を実行してたし。
だけど覚えてる。初めて視線が会ったときの彼らの表情。彼の表情。
こんな事態だってのに、いつもと変わらず飄々とした顔で。そりゃ、ちょっとくらい驚いた感じはしたけど、フツーおかしくない? 同級生のさ、仲間のさ、ちょっと……トクベツっぽい関係の女子のあーゆー姿みたらさ、もうちょっと別の反応はないワケ!?
「見てないってば。大体、岳羽達タオル巻いてたじゃん」
「そーゆー問題じゃないでしょ!?」
つか見てないんだ。へーそう。順平なんて殴ってやろうかと思うくらい(殴ったけど)ガン見だったのに。興味ないんだ。
矛盾してるのは私にでもわかる。見られたら困るくせに、見たいと思われないのは嫌。
彼が感情の起伏が穏やかなのは知ってるけど、それが私にも当てはまったのが悔しい。
私ばっかりが動揺してるのが悔しい。
思わずくるりと振り返ってそう言い返すと、相変わらずの無表情。
ああもう、どうしたらキミのその顔、驚きでいっぱいにしてやれる?
「岳羽」
この声も悪いと思う。こんな声で名前呼ばれたら、それだけでなンかもう負けた気分になるし。
「ねえ、岳羽ってば」
私の腕をつかもうとして躊躇したそれは、予想以上に逞しかった。私びっくりしたんだよ。袖から伸びた腕だけで、君の事わかった気でいたのに、全然違ったんだもん。普段見られない肩だって、背中だって、腰だって。全部私とは違う『男の子』のものでさ。
思い出したヴィジョンに勝手に頬が熱くなる。
だけどどうやら、赤くなったのは私だけじゃなかったみたいで。
躊躇して元に戻した腕を、そのまま上に運んで手のひらで口元を覆う。元から長い前髪に覆われて隠れている片目もあって、そうしてしまうと表情なんてほとんど読めない。
だけど分かる。目の前のこの人が、珍しくも何かに動揺しているらしいということが。
「……な、に?」
「いや……」
「なによ、気になるから言ってよ」
「言ったら岳羽、また怒るから言わない」
それ言ってる時点で墓穴掘ってると思わないのかな。ホント訳の分からないところで天然。
私は胸の前で両腕を組んで、自分より高い位置にある瞳を見上げる。改めて仁王立ちになった靴の下で、じゃり、って音がした。
少し困ったように私を見返す瞳は東京の空みたいな色。グレーがかったその奥にはきっと、とんでもなく澄んだ色が隠れているのだろう。
だから私は、その色が見たいんだってば。
じい、と見つめる私に根負けしたように、有里君はため息を一つ。それから、顔を覆っていた腕をおろすと、私の腕にそれを伸ばす。一瞬、そんなわけないのに胸を触られるのかと思ってめちゃくちゃあせったのは死ぬまで隠し通そう。
「細いなって思ったんだ」
怪訝そうな表情を浮かべたら、「だから」と付け足す。
「そうやって、制服から出た腕だけで分かった気になってた。岳羽のこと。俺とは違う、女の子なんだって、そういうのわかってた気になってた」
手首だか腕だかわからない境界線をつかむ腕が、急に知らない男子のそれみたいに思えて一瞬びくんとする。だけど有里君の腕は緩みなんかしなかった。
「だけど、全然違った。あの時の岳羽見てわかった。俺が思うよりももっと、細いし柔らかそうだし」
「ってちょ、ちょっと待って! な、なんっ、何の話を」
「なのにこうやって俺のこと怒鳴りつけたりするし。見た目と中身のパワーが違うって言うか」
「本気で殴られたい?」
反対の手をぐーに握り締めたら、それは勘弁してくれって言われる。
ていうかさ。今の話だと。
「……しっかり見てんじゃないのよ」
「だから、岳羽が気にするようなところは見てないって。大体、出てるところだけで精一杯だってのに、それ以上見せられても喜び半減っていうか」
「ンの天然エロ魔人!」
「誰にでもじゃないよ。順平じゃあるまいし」
さらりと何か凄い台詞を聞いた気がするんだけど、当の本人は言いたい事は言ったとばかりに私の腕を開放して空を仰ぐ。さらり、前髪が風に吹かれて。
蒼碧の空を映したその瞳は、信じられないくらい綺麗な色をしていた――
「で。まだ怒ってるの?」
「どうだか」
前後に歩いていたのが、いつの間にか横並びになって。
その時点で気づいてよ。
(出てるところだけで精一杯、だって)
なによ。君だって意識してたんじゃん。
だったらそーやってわかりやすい顔してくれればいいのに。
「……ホント、岳羽ってわかんないよね」
もう少し怒った顔を保とうとする意思に反して緩んだ私の頬を見て、有里君がぼやいたけどそんなのこっちの台詞だと思わない?
普段の無表情と驚いた時の固まった顔が同じなんて、卑怯にも程がある。
「有里君、京都初めてでしょ? 案内してあげるよ」
「いいよ。それより、岳羽も行ったことない所に行こう」
その方がお互い修学旅行っぽいだろ? って、そんな彼の提案に二つ返事で同意する。歩き出して並んだ私たちは、何を言い合うでもなく空を見上げた。
別に恋人同士なんかじゃないけど。
やっぱり、ただの友達なんかでもないよね――?
Fin
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Comment:
野原さんの主ゆか好きに感化され、九条さんの主ゆかに触発されて書いたネタ。
(ので設定がかぶってるとかそんなオチで。すんません九条サマ)
そーゆーことだと思うのです。
20060620up
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