孫家の跡取りと、彼が選んだ娘との間にはいつもにぎやかな声が耐えない。
それは睦まし過ぎるほどの笑い声であったり、周囲が呆れるような理由での喧嘩だったり。さらにはそこに、場を収めに来たのか油を注ぎに来たのかわからない二人組が参加することもあり、要するに玄徳軍の軍師がこの仲謀軍に在を移してからというもの、城内は常ににぎやかであった。
「仲謀、お帰り!」
「ああ、戻った」
武陵の動きが不穏だとの知らせを受け、先達として馬を走らせた部下よりその事実が正と知るや、仲謀が自ら向かったのが七日前。
大した事ないから待っていろと留守を命じられ、尚香や大喬、小喬と仲謀の帰りを待ち続けた花は、仲謀帰還の知らせを受けてぱあ、と顔を輝かせた。
そしてそのまま部屋を出て走り出す。戻ったら戻ったで会議だの何だの忙しいことは知っている。だから、ほんの一瞬だけでも顔が見たい。おかえりって言いたい。
その気持ちは仲謀も同じだったようで、花の部屋と広間の間の廊下で二人はばったりと顔を合わせることになった。たった数日の間だったのに、なんだかちょっと大人びたように見えて照れくさい。おかえりと言ったあとの言葉が続かないまま仲謀を見つめれば、「何か変わった事はなかったか」と問われて首を振った。
「仲謀は? どうだったの、大丈夫だった?」
「別に大した事ねえよ。前からあそこはきな臭かったからな。直接顔を出して脅しておいたから、まあ暫くは大丈夫だろ。それよりお前、急いでたみたいだけど何かあったのか?」
「え?」
「や、だから今」
走ってきたろここまで、と問われ、花はやっと主旨を理解すると一層の笑顔を浮かべて首をふった。
「だって仲謀が帰って来たって聞いたから。軍議に入る前にちょっとでも会いたいなって。あと、おかえりも言いたかったし」
すれ違いにならなくて良かった、とにこにこ笑う花に仲謀の頬が熱を持つ。これだ。これだから性質が悪い。全く持って自覚無しだ。
内心めろめろになりつつも、男としての尊厳を保つべく口元を引き締めなおす。それが怒ったように見えてしまうのは仕方がない。
「あー……俺も、会いたかったし」
途端、花の頬が赤くなるものだから、折角の努力も空しくうろたえた心境がそのまま顔に出てしまう。こうも軽々しく人の努力を無駄にする相手に、愛しさと同じだけの腹立たしさを滲ませて、せめてとばかりに声を張り上げた。
「な、なんだよ、お前の方が先に言っただんだろうが!」
「そ、そうだけど、やっぱり照れるよ」
「人のこと照れさせておいて、自分だけ逃げようなんざ甘いんだよ」
「照れさせようなんて思ってないよ! 私は本当にそう思ったから言っただけだもん」
言い方にカチンと来て花が言い返せば、一瞬絶句した仲謀が「お前それわざとだろ!」と何のことだか分からない言いがかりをつけてくる。会話がかみ合わずに首を傾けると、そんな自分の姿を見た仲謀がお手上げとばかりに空を見上げた。
「仲謀?」
「「ちゅーぼー!!」」
「うおっ!?」
どうかしたの、と問おうとしたところで、小さな影が二つ仲謀に向かって突進し、激突する。激突されたほうは二歩ほど後退しながら体勢を立て直し、そうさせた人物を睨みつけて低い声を出した。
「大小……お前らな、俺様は今帰ってきたばかりで疲れてんだよ! お前らの相手をしてる暇は――っ」
「ねえおみやげはー?」
「おみやげー」
「人の話を聞け!」
まとわりつくような二つの影を相手に応戦していると、くすくすと対照的な笑い声が加わった。
「お帰りなさい兄上」
「尚香! 丁度いいところに来た、お前こいつらを何とかしろ」
自分はこの貴重な時間を花と過ごしたいのだと言外に告げる兄の意図は痛いほどわかるが、土産を強請る姉妹の興味をそらす事は容易ではない。それに、実際仲謀が遠征に出て寂しかったのも本当なのだ。ただ、二人の場合それを直接言葉にはしないだけで。
困ったように微笑んでいる妹の顔を見、仲謀が観念したようにため息をついた。こんな風に渡すつもりではなかったのに、と思いつつ、舌打ちしながら「ちゃんと買ってきた」と言い、ごそごそと着物の脇に手を入れた。
「花」
「え、私?」
「ずるぅい、私達にはー?」
「少しは黙ってろ! お前らの分は子敬が持ってる、あとで貰いに行け」
「花ちゃんにだけ手渡しなんだ〜」
「へぇ〜」
「お・ま・え・ら・なあ!」
姉妹がちっとも怖がっていない声で悲鳴をあげ、尚香の後ろへと隠れるのを苦々しげに睨みつけると、仕切りなおしとばかりに小さく咳払いをして改めて花の名を呼ぶ。
花が申し訳なさそうに姉妹を見れば、おもしろそうに満面の笑みを浮かべている。全く気にしていない笑顔をありがたく思いながら次いで尚香を見ると、同じ表情を浮かべていた。
「手、出せ」
言われておずおずと右手を差し出すと、飾り紐で巻かれた布の包みがぽん、と平に乗った。
この布の紐だけで十分なお土産じゃないかと思っていると、さっさと開けろと急かされる。中身を落とさないように気をつけながら包みを開けると、ころん、とそれが姿を現した。
「これ……」
「やる」
ころりと手の平に転がったのは、きらきらと輝く蒼とも碧とも取れる石だ。福豆ほどの大きさもあるそれは綺麗に磨き上げられていて、花はそっと人差し指と親指で挟むと、呆然とした眼差しを送る。
「うわあ、きれい!」
「やるじゃん仲謀。良かったねえ花ちゃん」
大小が本人以上にきゃっきゃとはしゃぎ、仲謀の表情がほっと緩む。けれど肝心の花の表情は固まったままで、それに気付いた尚香がそっと花の名を呼んだ。
「あの、そのままではあれですけれど、腕輪にも首飾りにも出来ますよ?」
「そういうんじゃなくて……だってこれ」
ものすごく、高価なものなんじゃないだろうか。
この時代にガラス玉はあっただろうか。あったとしても、その価値はどれくらいなんだろう。そもそもガラス玉でないとしたら。
(いやだってこれどう見たってガラスじゃないし!)
自分は宝石には詳しくないけれど、申し訳程度についている石ですら到底手の届かない値段だってことは知っている。それが、こんなに大きくて、こんなに綺麗な色で、しかもこんな布や紐に包まれてて、だからつまり。
「い、いらない」
「「花ちゃん!?」」
「花さん!?」
くるくると元の通りに包んだかと思うと、花は自分にそれを渡した主の元へと押し返す。
びっくりしたのは周囲の人間で、仲謀などはとっさに声も出せず、うっかりそれを受け取ってしまった。
「ごめん、もらえない」
困ったような顔でふるふると頭を振る花を見、我に返った仲謀の頭にかっと血がのぼる。なんでだよ、と問いただせば、弱々しい声で「だって」と返された。
「だって貰う理由ないもん、そんな高そうなもの。幾らお土産だって、無理だよ」
どんな理由なのかと心して聞けば、よりにもよってそんな理由かと仲謀は脱力する。が、次の瞬間にはむくむくと怒りが湧いて来る。折角喜ぶと思って買ってきたのに、喜ばないどころか困った顔をされ、受け取りを拒絶されるという事態は決して嬉しい流れではない。
久しぶりに会ったのだから、と、出来るだけ声を抑えて受け取るよう言葉を重ねるも、花は首を縦には振らない。そんな花の態度に苛立ちも募り、思わず声を荒げてしまった。
「俺様がお前に玉を送るのに、理由なんていらねえだろうが」
花の表情が一転固くなり、「そういうの良くないと思う」などと言い返し、周囲の方がおろおろとしてしまう。
幾ら見慣れた風景、とは言え、今日のそれはいつものそれとは違う気がする。しかも数日とは言え久しぶりの逢瀬だというのにどうしたものかと尚香が思案にくれたところで大喬小喬と目が合うと、にこにこと首を左右に振られた。口を挟むな、の意だ。
頑なに拒む花を前に、かと言って一度差し出したものを引っ込める事も出来ず、仲謀が苛立ちも顕わに舌打ちをする。
そんな仲謀を見て、さすがに花も申し訳なく思う。仲謀が自分に、と思ってくれるその気持ち自体は凄く嬉しいのだ。ただ、それが花や果物ならともかく、このように見るからに高価なものだと困ってしまう、というだけで。
「あの、仲謀」
「もういい。知るか」
「待って!」
くるりと踵を返し、靴音も荒々しく場を立ち去る背中を追いかけて花が走る。一切遠慮の無いその速度に、花の息もあがる。
「仲、謀、待ってってば!」
小走りに追いかけてくる花に気付きながらも、仲謀は振り返らずに自室へと向かう。かつかつと敢えて靴音も荒々しく、歩幅すらいつもより広めのそれだ。
(何だってんだよ)
別に、無駄遣いや権力にものを言わせて手に入れたものではないのに、何であそこまで否定されなければならないのか。
そりゃあ、何もない日に贈る物にしては高価だという自覚はあるが、あそこまで頑なに拒絶しなくてもいいじゃないかと思う。別にこれを種に花になにかを求めようと思ったわけでもなく、単純に。
(――喜ぶと思ったのに)
相手の喜ばない好意は単なるおしつけだ。つまり、今回の事は花にとってはそうなんだろう。
その事実が酷く辛くて、腹立たしくて、最早何に腹を立てているのかもわからない。
このまま一緒にいたら必要以上に花にあたってしまいそうで、だからこそ離れたというのに何で花は追ってくるのか。その事態すらも仲謀には腹立たしい。
「待って、仲謀――きゃあっ!」
「――っ!? 花!」
短い悲鳴に振り返れば、着物の裾に足をとられた花が見事に転んだ瞬間だった。手を伸ばそうにも届く距離ではなく、強かに打ちつけたらしい膝を抱えて座り込んだままの花の下に慌てて駆け寄ると、仲謀は彼女と同じ位置に視線を下ろした。
「大丈夫かっ!? おい、どこを怪我した!」
「大丈夫、ちょっと打っちゃっただけで」
「手、どけろ」
打ち付けた左膝を押さえていた花の両手を強引にはがすと、仲謀は膝裏に片手を差し入れ、もう片方で下脛を掴むとゆっくり曲げ伸ばし始める。
「ち、仲謀、ちょ、あの、って痛っ!」
「っ、悪い。痛むのはここか?」
先程よりも幾らか手付きを柔らかくし、まるで己が痛むかのように仲謀が花を伺う。確かめるように触る仲謀の手に花の心臓は跳ね、比喩ではなく本当に口から飛び出してきそうで。
(ち、ちかい!)
もぞ、と身じろいだ動きを痛みからと勘違いし、仲謀がいきなりに花を抱き上げる。うえ、と色気の無い悲鳴が口から漏れたが、仲謀は気にすることなくすたすたと歩き始めた。
「ち、仲謀、どこ行くの? ていうかあの、降ろして」
「医師を呼ぶ。とりあえず俺の部屋に行くぞ」
「お、お医者さんを!? 大丈夫だよそんな酷い怪我じゃな――」
「いいからお前は黙ってろ少し!」
荒くなった声に、腕の中の花がびくんと揺れる。言い過ぎた、と気付いた時には、花の唇が固く引き締められ、言葉を一切紡がなくなっていた。
「な、なんだよ……急に黙るなよな」
「……仲謀が黙れって言ったんじゃない」
声がわずかに震えたのを自覚しながら、花はふいと俯いた。
折角謝ろうと思って追いかけたのに。人の話も聞かないでずんずん先に言っちゃうし。
大体、女の子の足を平気で触っておきながら一方的に叱り飛ばすなんて酷い。
黙りこくり俯いた花になす術が無く、仲謀は途方にくれる。部屋にたどり着き、椅子に花を降ろしてからも医師を呼びに部屋を離れることも出来ず、同じように黙り込む。
声をあげて、家来のものに医師を呼びにいかせれば良い話だ。が、どうにも気まずい。
「あー……その、大声をあげたのは、悪かった」
「……」
「だけどな、お前だって不注意なんだよ。前だって馬から降りりゃ足挫くし、挙句何も言わねえで悪化させやがって、だから、俺様が余計に気をつけてやらなきゃいけないのは当然だろうが」
「……」
「何か、言えよ」
「……」
「……ごめん」
結局折れたのは仲謀だった。気まずそうにがりがりと後ろ髪を掻き毟り、不満なせいか気まずいせいか、そのほほは普段よりも少しだけ膨れている。
「俺が悪かった。だから、機嫌直せ」
乱暴に撫でられたせいで髪が乱れる。乱れた髪の隙間からじと、と恨めしげに睨みつけ、ゆれそうになった声をぐっと堪えながら言葉を紡ぐ。
「仲謀は、偉い人で、だから、そんな簡単に私に高いものとかくれたら駄目だと思う」
自分はこの世界で確固たる後ろ盾がない。言ってしまえば、文字通りの「馬の骨」なのだ。
肩書きとしては孔明の弟子、実績としては軍師としてのそれ。だがそこに、孫家の役に立つ様な釣り書きは一切ない。他の有力者とのつながりを濃くするようなものなど、何ひとつとして持っていない。
そんな自分が仲謀の傍にいるだけでおもしろく思わない人間だって沢山いるのに、と思うと、これ以上彼の立場を悪くするわけにいかないから、出来るだけ節度を保とうとしているのにどうしてわかってくれないんだろう。
好きだからこそ荷物になりたくない。迷惑をかけたくない。そばにいられるだけで十分だと、どうして。
「何だ、それ」
思いのほか固い声にびくん、と花の肩が跳ねた。ごめん、と謝ったことで一旦柔らかくなった仲謀の眼差しが、不機嫌にひそめられる。
「俺が偉いからなんだって? この孫家の跡取りだからって、好きな女に物を贈るのを遠慮しなきゃいけねえのかよ。馬鹿じゃねえのか」
「そうじゃなくて、私が」
「お前がなんだよ」
それきり黙りこんだ花に大仰にため息を付き、黙ってちゃわかんねえだろうが、と続けたが花からの答えはない。うろうろと視線を彷徨わせるだけの花を見つめ、やがて苦りきった顔で強引に花の頭を自分の腕の中へ抱え込んだ。
「きゃっ……!」
「何を考えてるか知らねえがな、言いたいヤツには言わせておけ。お前は俺のことだけ考えてりゃいいんだよ」
「か、考えてるよ、だから」
「俺の立場とかじゃねえよ、気持ちだけ考えとけって言ってんだ。……お前くらい、俺自身の事考えてくれたっていいだろうが」
花が守られるだけでは良しとせず、共に並んでくれようとしているのは分かっている。
その上で、自分の立場を考えていてくれている事も。
そんな彼女だからこそ、自分は傍にと臨んで、後ろではなく隣を歩けと命じた。そして花もそれを受け入れて、だから、誰にも文句を言わせるつもりなどない。
そのことで生まれる非難も困難も、この幸せの副産物というならば少なすぎるほどだ。
「……でも、宝石は高すぎるよ」
「馬っ鹿! 俺だってあんなもんをそうほいほいとやるつもりなんてねえよ。あれは、前にお前が好きだって言ったから」
酒宴の席で珍しいものを、と、主が招いた行商の男が広げた数々の宝石や調度品の中で、目を引いたのはそんな理由だ。
綺麗なものは嫌いじゃない。無駄は嫌いだが、華美にならない範囲であれば、身を飾ることも好きだ。
かといって無駄遣いをするつもりもない。本来ならば遠征先で、相手から献上されるならともかく自ら装飾品を買い求めることなどなかった。が、こればかりは一目見た瞬間に花の顔が浮かんだのだ。そしてきっと、喜ぶと思って。
気に入ったのなら自分が買って献上すると言った主の言葉を断ったのも、花にあげたいと思ったものだから。
たった数日会えないだけで苦しくて、思い出すのは花の笑顔ばかりで。だから、帰ったらとびっきりの笑顔が見たいと――手に入れたのに。
言うつもりも無かった言葉を口にした気まずさからふいと顔を逸らせば、花は思いも寄らないとばかりに大慌てで否定する。言ってない、自分はそんなことを一度たりとも言った覚えはない。大体、宝石に興味だって覚えていないのに。
「言ってないよそんなこと!」
「石じゃなくて色だよ色! 言っただろうがはっきりと、お、俺の目の色が、その、き、綺麗だって!!」
かあ、と頬に熱が生まれると同時に、花の方はきょとんとした顔だ。
「だから、これを見つけた時、お前の好きな色だって思ったからで……っ、なのにお前は高いからいらないだのなんだのつまらねえこと言い出すし」
「ち、が、ちょ、待って」
「言っとくけどな、俺が女のために何かを買ったのなんてこれが初めてなんだからな! なのにてめえと来たら人の気持ちも知らねえで勝手なことばっかり」
「待ってってば!」
羞恥を誤魔化すように一方的にまくし立てる仲謀の発言を、一回り大きな声を出して花が遮る。言葉を遮ったほうも、遮られたほうも、共にその頬は真っ赤で。
「……んだよ」
「待って、ってば」
確かに言った。日に透けると色が変わって綺麗だって。言ったけれど、でもそれは。
なんとも気まずく、そろそろと瞳を上げる。自分が綺麗だと言った、緑とも蒼ともつかない眼差しを見つけて、一瞬で頬の熱があがる。
「確かに綺麗だって言ったけど、その色だけに対して言ったんじゃなくて、仲謀の目が綺麗だったからだよ」
普段口悪いくせにいざという時は頼りになって、ふてくされた表情のくせに、纏う色は綺麗ななものばかりで。
強い意志を宿した瞳に、壊れそうなほどきらきらした色。光の加減で見え方が変わって、そのまま仲謀みたいだって思って、だから。
これ以上赤くならないだろうと思った頬に熱が生まれる。かと思ったら、目の前にいた人物の頬にも同じだけの色がのった。
「ばっ、お前……っ、そういう恥ずかしいこと言うな!」
「仲謀が言わせたんじゃない!」
「あーもうわかった! いいからとにかくこれはお前に買ったんだからお前がうけとれ」
ぎゅう、と無理矢理花の手に石を握らせながら仲謀が横を向く。花はおずおずとそれを受け取り、ありがとうと礼を言った後にでもね、と続けた。意図せずに下から見上げる形となり、その伺うような眼差しに仲謀の息が止まる。
「こういうの、もういいからね? 私、仲謀さえ傍にいてくれれば他に欲しいものなんてないんだから」
大事なものなんて幾つもいらない。それにもう、仲謀が大事にしていた首飾りをもらっただけでも十分すぎるのに。
真剣な眼差しで訴えれば、ぽかん、と口を開けた仲謀が見る見るうちに頭をたれ、「だ〜か〜ら〜」と恨みがましい声を出す。どうしたのかと伺えば、いきなりがばりと顔をあげたかと思うと、花がびっくりするような大声を出した。
「そういう可愛いこと言うなっつうの! お前俺を試してんのか!?」
「どっ、どうしてそうなるの! それに試してるって何、私は思ったことを言ってるだけ――」
「わかったからもう何も言うな黙っとけ。俺ばかり喜ばせるなっつーの。ちげーだろ、俺がお前を喜ばせたいんだよ」
「そんなのずるいよ! 私だって仲謀に喜んでもらいたいもん!」
「俺は十分だからいいんだよ!」
よくない、いいんだ、の応酬があたりに響き渡り、二人の後を追ってきた尚香が何事かと目を丸くする。
仲介に入ろうとしたところで着物の裾を引かれ、振り返れば同じように追いかけてきたらしい見慣れた顔が二つ。
「あのね〜あれはね〜、仲良しだからいいんだよ〜」
「そうそう、邪魔すると馬に蹴られるんだよ〜」
ね〜、と、良く似た顔を見合わせて笑う。
「大喬殿、小喬殿」
「仲謀も女心をわかってないよね〜」
「ほんとほんと。もうちょっと大人の余裕ってヤツを持たないと駄目だよねえ」
「「ね〜」」
「そう……いうものですか」
見た目こそ自分達より幼いが、その実誰よりも確信犯である二人を見、尚香が感想を零す。そしていまだに喧々諤々を繰り返す部屋に視線を移し、不意に滲んだ笑みをそのまま浮かべた。
「あ、静かになった」
「なったね」
「実力行使?」
「え? え?」
幼い声で聞こえたただならぬ単語に慌てた尚香とは対照的に、二人は神妙な顔でうんうんと頷きあっている。
「乙女の危機は見逃せないね」
「あの、小喬殿?」
「うん。そのうち結婚するからって、手順てものがあるからね」
「大喬殿?」
「「ってことでとつげき〜!!」」
止める間もなく兄の名を呼びながら部屋の扉を開けて中へ突撃していく姉妹の背を見送り、直後に聞こえた怒鳴り声に肩をすくめる。
恐る恐る部屋を覗き込めば、違う理由で真っ赤になっている二人組と半眼の眼差しで笑みを湛えつつ追求する二人組が向き合い、なにやらを言い争っている。
さてどちらの味方につこうか。尚香は出遅れを取り戻すべく、輪に入る一歩を笑顔で踏み出した。
Fin
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Comment:
この二人は天然で恥ずかしい同士でいいと思います。
仲花可愛いよ仲花。
尚香ちゃんは里帰り中ということでひとつ。ひとつ。
(だって出したかったんだ…)
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