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 ●終わりの始まり

  随分と頼りない足取りで自分が示した道を歩いて言った「彼女」の背中を見送り、孔明は木の上で器用にぺたりと腰を落とした。
  常識の範疇では考えられない経験を、自分は随分と昔にしている。だから、今目の前で起こったそれも、嘘だと疑うつもりはない。
  けれど。
「本当に……会えちゃったなあ」
  会えるとは思っていた。けれど、本当に会えるなんて。
  冷静な思考と湧き上がる感情が相反した結果震える手の平を見て、孔明は笑う。
  自分が知っている「彼女」と、今目にした「彼女」はなんだか随分違っていた。あの彼女も全てにおいて頼れたわけではなく、寧ろ随分と年上の癖にこっちが「大丈夫か?」と思うほど頼りない一面をも持った少女だったけれど、今の彼女は全てにおいて異質だった。まるで、たった今ぽとりとこちらの世界に落とされたように。
「ああ……案外そうなのかもしれない」
  徐々に落ち着いてくる思考を整理し、歳の割りに幼い顔へ右手を持って行くと顎を撫でる。
  気付いたら此処にいたと言っていた。そして帰りたいと。
  ならば、これからが「彼女」の始まり。示したのは自分。どうするかは、彼女自身だけれど。
「……賭け、かな」
  自分は彼女の未来を知っている。その未来の始まりがここなのだとしたら、彼女を彼女たらしめたのは、他でもないこの自分だと言うのか。
  けれどそうさせたのは他でもない彼女――花自身だ。この無限とも言える繋がりはなんだろう。始まりと始まりが繋がった、終わりのない世界。
  花の姿が完全に消えたことを確認すると、とん、と木の上から地面に降りる。そして花が居た場所を見下ろし、その視線を彼女が消えた道の先へと向けた。
  始まりしかない自分達の出会いは、けれど終わりだっていつか来る。あの時がそうであったように。
  どんなに自分が行かないでと願っても、彼女は消えてしまうのだ。ここは自分のいる世界ではない、と言い切って。伸ばした手も、叫んだ声も届かない、遠い遠い場所へ。
「消えてしまうんだ」
  ならば自分が導こう。今の自分を、あの時の君が導いてくれたように。
  そうして君が還るのは、ボクが導いたからだと思いたい。君だけの意思じゃなくて、そうあるようにボクが道筋を作ってあげたのだと、それ位は思わせて。
  確かに君はいて、ボクもいて、還るだけじゃなく還すのだと。
  それくらい、は。
「まあ、初恋は実らないっていうしね」
  消えてしまった背中に呟く。笑みすら滲ませて。
  君しかいらない。君だけが欲しかった。
  この世界の人ではないとわかっていたのに、それでも望まずにはいられないほどに。
「君はいないひとだ」
  この世界にいない。ボク達が出会ったあの時代の君もこの時代に帰る君で、その君もいずれは自分の世界に還る。
  あの、不思議な光に包まれて。
  だから帰るまではボクが導いてあげる。あの時、君がボクを弟子と言って居場所を与えてくれたように、今度はボクが君に、ボクの弟子という居場所をあげる。
  そしてボクはボクの好きなあのひとと再会をして、別れるんだ。
「帰る道はない。だから、進みな」
  消えた背中に呟く。
「還る為にね」
  君だけが欲しかった。
  だから、もう、誰もいらない。
  目の前の君もいらない。

  ――さあ、さよならを始めよう。

 

 

 

 

 

 

Fin

 

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Comment:

「会えちゃった」時の師匠って? と考えたらぶわっと短文が降りてきたので
そのまま書き連ねてみました。
短くてすみません。でも、こんなだったら最後のあれもちょっと(自分的に)納得が
いくなとか思います。

 

20100705up



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