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● きみがくれるいたみ |
それに気付いたのは、コレットが笑いながら立ち上がった時。
コレットがドジなのはいつものこと。たとえば、何もない所で転んでしまったり、つい先程と同様の行動をしてしまったり……それを見て、自分やジーニアスは『仕方ないなあ』と言いながらも彼女のはにかんだ笑顔に手を差し伸べてきた。
けれど。
「コレット、足!」
「え?」
「怪我してるじゃないか、どうして言わなかったんだよ!」
叫ぶように言ったロイドにつられ、皆の視線がコレットに集中する。先程石段から転んだにしては深すぎる傷。恐らく遠くはない前に出来たもので、転んだのは性格によるものではなくその傷のせいだろう。
駆け寄りながらロイドは内心舌打ちをする。
コレットは自分からは何も言わない。たとえどんなに辛くても、痛くても……悲しくても、人に心配させるくらいなら自ら耐えることを選ぶ。だからこそ、周りが、自分が気付いてやらなければいけなかったのに。
そっと膝をついて自分の足を心配げに見つめる幼馴染に、コレットは慌てたように足を引っ込めようとして失敗した。
力を入れたつもりにも関わらず、足が言うことを利かない。気付かぬうちに負った傷は深く、本来の動きをコレットにさせてはくれなかった。
「へ、平気だよロイド」
「平気なわけあるかよ!」
「大げさだよ〜ちっとも痛くないもん」
え、と。
声にならずに開かれた唇に、コレットの眼差しが翳った。
「あっあのねっ、見た目ほど痛くないってことで」
ぶんぶんと両手を振りながらそう否定するコレットは、自分達を心配させない為というよりは『何か』を隠しているようにしか見えない。
リフィルが自分達に歩み寄って腰を落とし、コレットの怪我を見て眉をひそめたことから、ロイドは自分の心配が決して行き過ぎたものではないと悟る。コレットの黒いストッキングは破け、けれど赤黒く変色した血液がその深い色で肌本来の色を隠すほどの傷。
痛くないはずがない。
そう。痛みを感じるものであれば。
――こくり。
飲み込んだ息が、想像以上の硬さでロイドの喉を通り過ぎた。
「無理をしてはだめよ。今無理をしたせいで、後になって余計に皆に迷惑をかけることがあるのだから」
「はい……ごめんなさいリフィル先生」
治癒の呪文を唱えるリフィルに、コレットがしょんぼりと肩を縮めて小さく謝る。治療が完了すると、リフィルの手を借りてゆっくりと立ち上がり、つま先でとんとん、と地面を蹴って具合を確認する。
そして怪我が治ったことを皆につげ、もう一度全身を折り曲げて皆に謝罪した。
俯きながら、コレットは顔をあげるのにひどい勇気を必要とする。
もし顔をあげて、皆の目が不審に満ちていたら。
気付かないで。どうか誰も気付かないで。
せめてもう少し、完全に天使になってしまうまでは。
(ロイド……)
顔をあげる。視線の先で、大好きで大切な幼馴染が、温かみのある大地の色の瞳を自分に向けたまま離れようとしない。自分を心配してくれているだけでない、何かを、何かを知ろうとしている眼差し。だめ、まだ、もう少しだけ。
コレットは笑う。『大丈夫』だと。
そしてロイドはその笑顔をみて……確信する。先ほど自分に見せた笑顔は違うと。
それはずっと同じ時間をすごしてきたからわかること。今コレットが自分に向けた笑顔は、自分を心配させないため。今までだってずっと彼女がそうしてきた笑顔。
けれど先ほどの、自身の足の傷を『痛くない』と言い切った笑顔は違う。あれは。
――『本当に』、痛くなかったっていうのか?
「コレット」
「な、なあに、ロイド」
「出口までおぶってってやる」
言いながらコレットの前に腰を落とし、背中を向ける。ほら、と、肩越しに振り返り真っ赤になって慌てるコレットを急かした。
「い、いいよいいよロイド!私、本当に大丈夫だから」
「いつ又天使疾患が出るかわからないだろ。頼むから……おぶらせてくれよ」
語尾が揺れたのがわかった。けれど眼差しはまっすぐなままで。
リフィルの薦めもあり、コレットはおずおずとその背に自分の身体を預ける。預けながら、怖い、と思った。
――このくらい、かな
ロイドの肩に置く手の力。背中に預ける体重。
こんなにもこんなにも近くにいて、触れているのに、ほんのわずかも伝わってこない感触と温度。
「もっとしっかりつかまれよ」
「う、うん……ごめんね、ロイド」
謝るなよ、という声に、違うの、と心の中で返して。
もはや流すことの出来ない涙さえ零れそうになるのを、堪えるだけで精一杯だった。
ふわりと浮き上がる身体。高くなる視線。
ほんの少し頬を寄せれば、つん、と高く空を向いた髪がそこに触れて。
触れているはずなのに。
「重くない?」
「全然! コレット、おまえちゃんと食ってるのか?」
ジーニアスやリフィルが女性に対して体重の話題なんて、と、とがめる発言をロイドに向ける中、コレットは懸命に今の力加減を覚えようとする。
指を肩にかける力と、足の角度。それから、力の抜き方。
きっと自分は又倒れるだろうから。そのときに又不自然だと思われないように一生懸命覚えておかないと。
この場所が暗くてよかった。きっと今の自分は泣きそうな顔をしている。
うつむいた視線の先で、自分の髪がロイドの肩に触れているのが見えて。彼が歩く振動が伝わるたびに、さらりさらり零れては返り、返っては零れる様が愛しくも悲しく映った。
生きたいと思う。ロイドと共に生きたいと思う。
けれど、自分の人としての生とこの世界が共にあらざるというのなら、それを願うことはこの世界の破滅を願うことに等しい。
「足、本当にもう、痛くないか?」
「うん、だいじょぶ。ありがとうロイド」
だからせめて、もう少しだけ同じものでいさせて。
いずれ人ではないものに変わる自分に、その変化が始まっている自分を、それでもロイドが知っている少女以外の何者でもないと、もう少しだけでいいから。
「やっぱり」
「ん?」
「やっぱりちょっとだけ、痛いかも」
へへ、と小さく小さく笑う少女の重みを背中に感じながら、ロイドはだから痛かったら早く言えって、と、不貞腐れて返す。
そして口ではそう言いながら、ロイドはそっと、先ほど怪我をしていた箇所に負担がかからない様にコレットを支えなおしてくれるのだ。
けれどそうしてくれればしてくれるほど、自分の胸の奥は痛んで痛んで。
ロイドが自分にくれる嬉しさが、唯一自分に痛みを与えてくれるもの。
ロイドが自分を心配してくれればくれただけ、それが暖かさとなって温度を感じることのない体を温めてくれる。
(だからまだ……ヒトだって、思ってもいいよね?)
いつかこの記憶と引き換えに最後の力を手に入れるまでは。
痛みを失っても。熱を失っても。人としてのあらゆる欲を失っても。
ロイドがそこに、いる限り生まれるものがあるならば、自分はまだ。
触れる熱も感触もわからないけれど、遠い昔に同じようにこうやって背負われたことを思い出し記憶を重ねる。
そして取り戻せないであろうぬくもりに、失った涙を胸の奥で流しながら、コレットはそっと瞳を閉じた。
Fin
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Comment:
ロイコレ3作目。
コレットが愛しいです。人を思うことでしか自分の存在を確立できないコレットが。
哀れで愛しいです。
でもってねっこにちゃんといる、『コレット』が大好きです。
存在意義を外にしか見出せないコレットを『コレット』にするロイドの存在が、
二人セットで大好きだ。
やっぱカップリング的にはゼロしいよりロイコレ萌えなのかなあ。むむむ。
20040625up
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