** Happy C×2 **
 ● 鳥籠
 『彼女』にゼロスが気付いたのは、今から約半年前のことだ。
 見慣れない衣装に身を包んだ、自分よりやや幼い年の頃の娘が一定のタイミングで王都であるここメルトキオを訪れる。繰り返される訪問に、けれどゼロスの興味が引かれたのはつい最近。
 最初は、無条件で『女性』という性別に入るため。
 ゼロスは自他共に認める女好きである。それはもう、将来を見据えてとしか考えられない年代から、本気で付き合うのなら、自分が生まれる更に倍の年月を遡った過去に出会っていたらよかったであろう妙齢の女性まで。
 ただでさえ幅広い守備範囲。しかし『彼女』は、そういう意味では実に理想的な年の頃であった。
 次に、『彼女』の服装。
 調べなくとも耳に入ってきた。彼女が自分たちとは違う、『シノビ』とか言う一族であること。
 そういえばミズホという村が、シノビの集団であるということを耳にした。確か、約10年近く前に、誰だったかが精霊との契約に失敗し、村人の半数近くが犠牲になったとか。
 自分のせいで多数の、しかも身内とも呼べる人間が犠牲になる。誰だか知らないが、そりゃあ堪らないだろうとどこか人事のようにゼロス思ったものだ。
 そのことを聞いて、わずかに胸中がせめいだのは気付かないフリ。そう、あくまで他人事でなければならないから。


(又来てら)


 自分の邸宅の前で、数名の女性に囲まれながら話に花を咲かせている時に、視界の端をよぎる桃色。
 ひらりひらり、彼女の動きに合わせて風が生まれ、腰に巻いた柔らかそうな桃色の帯が宙になびく。その色が、彼女が身にまとう漆黒と相俟って、くらりと軽い眩暈を覚える。

「ゼロス様?」
「悪ぃな、俺さまちょっとヤボ用。又なハニー達」
「ああんゼロス様〜、今日はお付き合いいただけるお約束でしたわ」
「今度倍返しでお相手するって。だから今日はここまで。送っていけないのは残念だけど、次に会うときまでいいこにしてるんだぜぇ?」

 去り様に振り向き、ふわりと風になびいた赤い髪の隙間から微笑むと、それだけで取り巻きの女性たちは一様に気の抜けた表情を浮かべる。
 そんな、単純な彼女たちを愛しいと思う。純粋に、今の『ゼロス』を愛してくれる女性たち。最後にウィンクのサービスつきで彼女たちに別れを告げ、ゼロスは『彼女』が消えた方向へと向かう。
 向かう途中にも、何人もの女性に声を掛けられる。次はいつ会えるのか、どこへ行くのか。さまざまな質問を笑顔でかわしつつ、ゼロスはどこへいくのだろうと自分でも笑う。『彼女』に会いに行く。それが理由。けれど何故『彼女』に会いに行く?別に女など自ら動かなくとも向こうから近づいてくる。そう、けれど単純に毛色の違う『彼女』に興味があるだけ。

 きっと、ただそれだけ。


 教会か王宮かと、方向の分かれる広間で一瞬躊躇すると、教会の扉が重々しく開き、まるでわずかな隙間をするりとかいくぐる猫のような仕草で『彼女』はゼロスの前に現れた。短い髪を無理やり纏め上げたのだろう。髪留めで一つにまとめた黒髪は、四方に広がりおさまりが悪そうだ。


 そう、興味があるだけ。
 それは、『彼女』が女性であり、あまり交流の無いミズホの人間であり、だから。


「か〜のじょ。ヒマならデートしない?」


 声をかける。極上の笑みをオプションでつけて。
 大抵の女性は、自分の声と顔と、『神子』という冠にこれだけで落ちる。
 まれに冷たくあしらわれるがそれも一興。ゲームが延長戦になったと思えばいい。

 目の前の人物は、暗い暗い前髪の下から、探るように自分を見た。髪と同じ色の瞳。けれどそれ以上に眩い、と感じたのは何故。


「……誰だい、あんた」
「あっれー、俺さまのこと知らないの?うっわ俺さま超ショック」
「知るも何も、今会ったばかりじゃないか」
「まあそうなんだけどさ。この輝かんばかりの美貌と生まれもっての資質で、たとえミズホの村と言えど俺さまの名前くらい広まってると思ったんだけどなあ」
「アホかい。あたしはヒマじゃないんだ、じゃあね」
「え〜、つれないなあ。ねーねー可愛い彼女ぉ、せめて名前くらい教えてよ」
「かわ……っ! 馬鹿なことお言いでないよ!」


 自分にとってもはや挨拶代わりのような褒め言葉に、彼女の頬がこれ以上ないほどに染まる。挨拶代わりとは言っても、確かに彼女は可愛い。いささか幼さが過ぎるような気もするが余裕でゼロスの守備範囲内だ。そういう意味でも、口にした言葉に嘘はない。
 だがしかし、喜ぶでもなくかといってやり過ごすでもなく、彼女は真正面からゼロスの言葉を受け止め絶句した。暗い、と思っていた黒曜石の瞳にわずか生気が生まれ、透度が増した眼差しに一瞬言葉を失う。


(へえ)


 羞恥か怒りか、頬を染めたままで少女はゼロスの横を通過しようとする。猫の尻尾のような髪が揺れ、桃色の帯がなびく。何度も何度も、繰り返し目で追ったシーン。

「名前は?」

 反射的に手を伸ばして少女の腕を取る。常に周りにいる女性が身にまとう華やかなドレスではなく、機能性を重視した衣装。広めに取られた袖口から覗く腕は、肌にぴたりと張り付いた黒い布で覆われ、そのまま手袋へとつながっている。

 黒猫は煩げに振り返る。勝手に触るなと言わんばかりに腕に力を込めたが、浮かべる軽薄な笑みとは対照的にその力は確固たるものでぴくりともしない。なんなんだこの男はと怒りを覚えながら、少女はぎり、と灰青色の眼差しをにらみつけた。

「人に聞くときは、まず自分が名乗るのが礼儀ってもんじゃないのかい」
「あれま怒られちゃった。ま、そうだな。姫君がそう仰るのなら僭越ながら名乗りましょう」
「やっぱいい」
「あららそりゃないんじゃねぇ?」

 すかんとダイレクトに返ってくる反応が楽しくて、つい口元が緩む。毛を逆立てた黒猫が、その怒りを隠そうともせずにぺしりと尾で自分を叩いているかのよう。
 ゼロスは少女の手を解放して、おどけるように降参、と両手を軽くあげる。そして頬に流れてきた髪をかき上げると未だ自分を睨みつける少女に名を告げた。

「俺さまはゼロス。ゼロス・ワイルダー」
「ゼロス・ワイルダー……ワイルダーって……」
「やっぱ知ってた?」

 聞き覚えがあるどころではない。目の前の男が告げた名前と、自分の記憶の中にある名前。しかし人物像が正反対と言って良いほど結びつかず、少女は混乱する。そしてその混乱はそのまま表情となって表れ、ゼロスの笑いを誘った。


「あんたが、神子だってのかい!?」
「そーそー俺さまが神子サマ。かっこよくてびっくりした?」


 天は二物も三物も与えるのよと自画自賛しつつ、でひゃひゃと豪快に笑う。少女は絶句したまま、もともと大きな瞳を更に大きく見開いている。
 さて、どんな反応を返すか。跪いて無礼を詫びるか泣き出すか。それとも機嫌を取るか。
 まあ別に自分は怒ってもいないし機嫌も損ねていない。だがからかうには面白そうだと内心で考えていたゼロスは、しかし思ってもいなかった言葉に反対に撃墜される。


「こんなのが神子だなんて……女神マーテルは何を考えてるんだい」


 心底、呆然としたような声で。



「おいおい、仮にも神子サマに向かって」
「ああそうか、仮なのか」
「や、そうじゃなくて」
「だって……」


 おろりと。少女は混乱から解放されることなく混乱の元であるゼロスに救いを求めるような表情を向ける。



「だってあんまりじゃないか」



 あんまりなのは自分だろうと。
 だがしかし、その反応があまりに新鮮で、ゼロスは弾けるように笑い出した。




 おもしろい、と思った。
 自分に気に入られようとするか、もしくは完全に無視をするか、どちらかの人間しか今までいなかったというのに、そういった観点を超越したこの存在は、一体何なのだろう。
 仮にも神子である自分に向かっての暴言の数々。しかもそれを本人はそう思っていないところが又面白い。
 藤林しいな、と名乗った少女を、笑いすぎたことで怒らせたまま帰した日から三ヶ月。互いに見かけては挨拶をしたり、少しの時間会話を交わすような間柄になった。
 それからも、しいなは相変わらずゼロスをアホ神子扱いし、ゼロスも特に怒りもしない。 そんな関係になってから、けれど彼女の感情の起伏の激しさとは別に、ふと見せる頑なさがひっかかる。

 ――笑っては笑うのをやめ、喜んではそんな自分を責めるような。

 周囲の女性はしいなの態度を快くは思わず、ことあるごとにゼロスに距離を置くようにと進言したものだが、当のゼロスはそんな『ハニーたち』を笑顔でなだめつつ、ふと、何故こんなにも気になるものかと考えてみる。
 そう、所詮しいなも女なのだ。そして女という生き物がどんなものかを、ゼロスは知っている。だからこそ思う不思議。



 そしてわかる。その理由の一端が。



  そろそろしいなと国王との謁見も終わるだろうと、『デートのお開き』を宣言しようとしたゼロスに、雰囲気を察した女性たちからクレームがあがる。
 嫉妬を滲ませる眼差しを受けながら、それでも予定を崩そうとしないゼロスに耐えかねて一人が発した言葉が発端だった。



『あのしいなとか言う者、村の人間を殺したそうじゃないですか』



 ゼロスが耳にした、精霊との契約に失敗し、村人を巻き添えにしたミズホの人間が、
他ならぬしいなであると。




(ああ……だからか)




 同じなのだ。
 自分と、彼女は。

 暗いと思った眼差しも。どこか、外界を隔てたように感じた空気も。
 それが、自分が彼女に興味を持った理由。
 華やかな桃色の帯が、不似合いだと思った最大の理由。



 ――それは全て、悔恨に起因するもの。



 それが何故、 そうしよう と思ったのかは忘れた。
 今思えば、賭けだったのかもしれない。自分では決められない何かを、彼女に託したのかもしれない。





「なあしいな」
「なんだい?」
「俺さまたち、付き合わねえ?」



「……は?」





 いつものように、しいなが用事が終わった後にゼロスの家に立ち寄り、ほんの半刻ほど雑談を交わす。それはこの世界のことだったり、会えない間互いの周りで起こったささやかな出来事の報告だったり。話題のスケールにはバリエーションがあったものだが、今回のゼロスの発言は、あまりにしいなの想定からは逸脱しすぎていて、目の前の遊び人が神子だと知ったときと同じ位の衝撃を受けた。
 固まる、の代表例を見たと思う。それ位、しいなは執事であるセバスチャンが入れた紅茶のカップを指に絡めたまま呆ける。
 付き合う。付き合う……それはどういった意味の言葉だったか。


「どこにいくんだとかの、お決まりのボケはいらねえからな」
「……それ以前にあんたが言ったことの意味がわからないよあたしには」
「意味も何もその通りなんだけど」


 男が女に付き合えって言ったらそういうことでしょう、と。
 1+1は2以外の何物でもないと言う様にさらりと言ってのけたゼロスにしいなが更に固まる。
 頭の中で言葉の意味を反芻し。その意味が自身の脳内辞書から変換されて意味を把握した瞬間、がしゃんとものすごい音を立てて高価なカップがソーサーに戻された。


「な、なんっ、何馬鹿なこと言ってんだいアホゼロス!!」
「え〜、なんでアホなのよ。俺さまさみし〜」
「からかってんなら他所でやってくれ!いくらでもいるだろ、あんたなら!」
「俺さましいながいいんだけど」
「…………っ」


 何だろう。何を言ってるんだろうこの男は。
 言葉が固まって出てこない。大体、自分がこんなに慌てているというのに、どうして言った張本人がソファに体重を預けてのんびり紅茶なぞ飲めているのか。ふざけているとしか思えない。



(付き合う……?)



 自分が誰かとそういう関係になるなど、思ってもいなかった。
 恋心を抱いたことがないとは言わない。けれど、自分はそれを出してはいけない。そう、ゼロスをどう思うか以前に、自分は誰かとそんな関係になってはいけない。安らぎを求めてはいけないのだ。





 ――自分だけ幸せになることなんて、許されるわけがない。






 しいなの瞳が翳る。そしてそれをゼロスは見逃さない。
 ぎしりと音を立ててソファから身を起こし、挑発するように口元を持ち上げた。



「何、まさか初めてで動揺しちゃってるとか?」
「ば、馬鹿におしでないよっ」
「安心しろよ」


 初めて会話を交わしたときのように、朱に染まったしいなを見つめながら、ゼロスが笑う。







「『幸せ』にする自信なんて、これっぽっちもねぇから」







 初めて見る、表情で。
 どこか自嘲的に見えたのは、自分の気のせいだろうか――。



「普通、嘘でも幸せにするって言うもんじゃないのかい、こういう場合」
「さあ? 普通なんて俺さま知らないし」


 しいなもそんなの望んじゃいないでしょ、と。軽口の内容と声の響きと、なによりその眼差しの深さが伴ってないと思うのも、気のせいか。
 しいなはゼロスを見返す。けれどそのときにはもう、自分が良く知っている彼しかいない。無意識に眉根を寄せるしいなに、ゼロスは軽く首を傾げて返事を促す。


 どっちでもいい。YesでもNoでも。
 けれどもしYesなら、自分と似た道を歩んできたであろうしいなに、自分のこれからを賭けてみようか。
 もし逃げ続ける道を選んだとしても、傷を舐めあうことで満足できているうちはそれも一興。飽きたら飽きたで別の道を選べばいい。そうして絶望していくしいなを傍で見るのも、今の自分を正当化する理由の一つにはなるだろう。

 甘い言葉とは裏腹に、自分の考えることは常に自分。人なんて所詮はそんなものだ、と、ゼロスは小さく笑う。
 散々他の女とは違う反応で楽しませてくれた少女。ここで予想通りの答えを返されるのもつまらないとは思うけれど。






 ――さあ、おまえはなんて返事をするんだ?






 しいなの瞳が揺れる。黒く深い眼差しが揺れる。ふいに変化した目の前の男の空気の戸惑うように。





 けれど最大の誤算は、 しいな という存在そのもの。
 
 
 



 付き合いだし、共に過ごす時間が増え。
 時間の経過と共にゼロスに更なる後悔が増える。見誤った、と。








 彼女はまだ、諦めてなどいない。










 似てる、と思った自分との違いを見せられ、しかし間違いなく似ていた境遇だからこそ、何故違いが生じるのかを消化できずに逃げることを選んだ。
 自分を正当化する為に傍に置いたしいなに、自分の在り様を否定される。見苦しいほどにもがき求めるしいながどうしようもないほど目障りで、同時にどうしようもないほどに羨ましかった。


 彼女は違う。自分とは違う。
 同じ籠の鳥でも、彼女にはまだ翼がある。一見自由そうな自分は、けれど生まれながらに風切り羽をクリッピングされた鳥のようなもの。羽ばたけるはずがない。





(――なら飛んでくがいいさ)





 見苦しいほどに求めることで得られるものがあるなど、もはや信じられない自分は別の道を行く。もしかしたら彼女のようになれたかもしれないと、思う気持ちもないではないけれど。
 もはや眩しいと思うよりも疎ましいとしか思えない以上、今の自分を保てる自信がない。やっと見つけた『神子ゼロス』の仮面を剥ぎ取られるわけにはいかない。求める自由を手にいれるまでは。











「さよならだ」




 たった数ヶ月。けれどもう少女とは言えないしいなが、あの時と同じ表情で自分を見る。まんまるな目を、大きく見開いて。
 恋人同士だったという括りがおこがましいほど初々しい関係。決して悪くは無かった。けれど居心地が良くては困るのだ。だから選ぶ。別の道を。


「ゼロス?」
「だあってしいな、ちっともヤらせてくんねえし」


 触らせてもくんないでしょ、と、言った台詞に浮かべた表情なんてもう忘れた。
 ただ覚えているのは、出会ったときと同じ様に揺れた黒髪と、桃色の帯の色だけ。

 少しづつその華やかな帯の色が似合うようになっていった彼女の後姿だけ。




 目を閉じると、桃色の帯がひらりと揺れる。
 少しづつ少しづつ歩き出した小鳥は、飛ぶことを求めてもがいていただけ。
 覚悟が出来たなら、飛び立つがいい。




「俺は俺で好きにやるさ」




 重いため息と共にしいなと過ごした時間を吐き出す。そう、自分は間違ってなどいない。
 自由を手にするためならなんだってやってやると、見送る背中に誓ったのだ、自分は。
 求めるものは違っても願う気持ちは同じで。けれどその方法には開きが在り、それが共にいられなかった最大の理由。

「まあ俺さま『神子』だし?」

 くつくつと喉の奥で笑いをかみ殺す。そして自室の空間を割って出てきた人為らぬ者にその暗い灰青色の眼差しを向けた。


「覚悟は出来たかえ?」
「ああ」


 自由への鍵を手に入れるために手を伸ばす。
 自らを駒としたゲームはこれから。












「――解放してくれ」
























Fin





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Comment:

脳内S祭り再び。あ あ あ。そういえばもーすぐじゃんかPS2版TOS発売っ!!
どうしてこう、TOSメインのときにGSで動きがあって、GSやらねばな時に
BLEACHで動きがあって、BLEACH萌えーな時にTOSが動くかなあ(叫)!

本当はもうちょっと軽い話になる話(告白シーンのみ)になるはずだったのが
延々と長く。文章力つけましょう片瀬さん。




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