|
|
|
|
●会津旅行記初日(3月22日) |
3月22日(日):結局堪能してきました。
【行った場所】
・武家屋敷
・鶴ヶ城
・会津新選組記念館
・阿弥陀寺
小雨が微妙に降ったりやんだりのお天気。宿の方に武家屋敷まで送って頂き、レッツゴーです。
幸い送迎がここ(武家屋敷)だったので、自然な流れで観光です。しめしめ。
■全体図
ちなみに入館料850円。ちょっと高め。
でも中に入ったら予想以上に広くてびっくりしました。
■門構えを取るはずが、気付いたら勝手口の方をメインに撮ってました(…)
家来達が暮らす長屋まであって、「長屋! 資料!!」と心の中でだけ叫び(今回こんなんばっかりだな)激写。
まあ、あれだよ。普通の女子は撮らないよなって分かってる。どう思われたかなんてもう脇に退けておこうと思います。旅の恥はかきすてです(誤用)。
■そんなわけで長屋です。
■駕籠部屋なんてのもありました。
■明らかに何かを意識したアングル
■明らかに何かを以下略
■全力でとった明らかに略
このアングルたまんねっす。ありがとう…ありがとう……ありが(フェードアウト)。
■偉い人用のトイレ。大内宿の庶民用とは全く違いますな
ちなみに右の写真がその下。下男(?)が健康状態をチェックしてからぽいちょしたそうです。
新選組の屯所のトイレってどんなんだったんだろう。青空ではないはず。むーん。
■全力で資料です。縁側大好き。
■ちょっとぼけちゃいましたが当時のお台所
ここには会津歴史資料館が併設されているのですが、予想外に新選組関係の生な資料があってびっくりしました。
お手紙とか! 年賀状とか!
土方さんの字は良く女性的と例えられることが多いですが、女性的かどうかはともかく(だって当時どんな書体が女性的と評されていたかなんてわからん)、すんごい綺麗な字でした。流れるような、という感じ。
対する近藤さんは非常に男らしい字でした。逞しいというか、まさに「近藤さん!」と言った書体。
沖田さんの字は、なんというかおもしろい感じでした。上手く言えないけれど、爛漫というか自然体というか。
残念ながら撮影禁止だったので写真はありませんが、興味がおありの方はぜひ。ぜひ。
ちなみに出入り口で模造刀握れます。ちょっと握ってきました。相方に引かれました^^(…号泣)。
一部冬季のみ中に入れる箇所があるので、夏場に行かれる方はご注意下さい。そんなの全然知らないで行ったのでラッキーでした。
その後タクシーで鶴ヶ城まで移動。近くで降り、会津名物ソースカツ丼を食す。
■肉万歳。
お店によって味や形が違うと思うのですが、片瀬が食べたトコはちょっとソースが甘めでした。もう少しキャベツもっさりだと嬉しかったなーと思いつつうまうま食べる。
満腹になったところで鶴ヶ城へ。
■門からのアングル。立派。
領内は桜の木が沢山植えられてました。桜の季節はさぞかし綺麗だろうなあ(でも混むと思うと一長一短)。
お城の中は資料館です。入ってすぐのところは塩蔵になっていて、貯蔵庫のようなものです。
■明らかに何かを意識した以下略
■会津の年中行事
諸々の参考になるやもしれんので見えるように大きめにアップ。
やっぱり重要な資料は撮影禁止なので撮れず。某大河ドラマの特設展示があったりしつつも、時代ごとの歴史が説明してあったり資料があったりと盛りだくさん。
会津といえば白虎隊ですが、もし自分がその時代にいけるなら全力で「違うんだって誤解なんだって!!」と飛び込みたい心境でした。勘違いで自決だなんて、切なすぎる。
まだ200年も前じゃない昔でこんなことがあったかと思うと色々考えさせられます。
そして鶴ヶ城を出てからは全力で片瀬のターンでした(「え、今までは?」なんて…言うなよ…)。
堪え切れなかった片瀬がそっと「この後阿弥陀寺に行ってもいい?」と伺い、OKが出たので阿弥陀寺へ向かいました。
白虎隊の資料館(新選組の資料もいっぱいある)にも行きたかったのですが、資料は頑張れば色々調べられるけれど、その土地でしか行けない場所を優先したい! と思ったので。ので。
近藤さんのお墓もそばにあったのですが、実際に眠ってらっしゃるのか記念碑的なお墓なのかが微妙だったので阿弥陀寺の斎藤さんへ。
バスが無かったので地道に歩きました。多分2kmくらいかな?
■途中見つけた清水邸跡。今は銀行です。
土方さんがいらっしゃいました。ちょっと感動。
■ちょっと可愛いの発見。
道と駐車場の境目(何て言えばいいんだ…)に使われていた石柱の飾りが白虎隊。
てくてく歩いた七日町通りには沢山のお店があるので、興味を持ったところに立ち寄りつつ。
そして出会った「骨董むかしや」さん。「!?」と思うくらいに新選組の旗で囲まれています。
あがる心拍数。ちょ、え、何? こんなのどこにも載ってなかったよ? え?? と動揺しつつも「骨董見たい!」と普段出さない趣味を装ってお店に入る。なんだこの言い訳。
なんか書いてて自分が情けなくなってきたぞ。涙で前が…見えない。
お店の中は骨董というか、骨董なんだけど「ん?」って感じな品揃え(笑)。70年代アイドル雑誌とかも売ってました笑
1階がお店で2階が新選組の資料館です。入場料300円。
もう諦めて「すんません見たいです行ってきていいですか」と同行者に申し入れて2階へあがる。
■新選組!
■土方さんの刀(無論模造刀)とか。
写真がぼけすぎててほんとすんません…
新選組に特化しない資料は武家屋敷や鶴ヶ城で見たのと重複するものが結構ありましたけどこれを見られただけでいいや笑
あ、ちなみにこのお店では新選組カレンダーを売っておられました笑
2004年に準国営局で放送された大河ドラマが「新選組!」だったわけでそのポスターとかも飾ってあったのですが、新八っつぁんがぐっさんで激しくもゆりました。え、ちょ、ぐっさんのぱっつぁんちょう見たかった!
そして斎藤さんがオダジョーなのはともかくとして、近藤さんが香取くんなあたり、あの、色々無理じゃないかな、とか。うん。
でも見てみたい。
その後、七日町駅に併設されている駅Cafeさんでお茶休憩し、阿弥陀寺へ。
■日替わりシフォンケーキ。この日はシナモン。
こちらでは「会津の香り」というお香とアロマオイルが売られていて、香りが割りとユーカリに近い感じで好きだったので購入。
今も部屋でたまに焚いてははあは…違う、きゅんとしております。
このお店でお土産を買ったら、袋が布のエコバックでかーわいかったああ!
七日町通り沿いの入り口が閉鎖されていたのでどうやって入ればいいのかなと思っていたのですが、お店の方に聞いたら一本手前の道を曲がったところにもう一つ入り口がありますよとの事でそちらから。
ありました。
■斎藤さんのお墓です(藤田姓でたてられていました)
(歴史上の人物とはいえ、現在も血縁の方がお世話をしてらっしゃると思うので、お墓自体の写真は控えさせていただきます)
お亡くなりになったのは東京ですが、ご本人の意思で会津にお墓がたてられたそうです。
すごい不思議な感じがしました。あの時代を生きた人がここに眠ってるんだなーって。
歴史は多分に脚色されていたり曲がっていたりもするとは思いますが、それでも歴史に残る生き方をされた人がいたんだっていうのをお墓を目の前にすると実感します。
この辺りを話しだすととてもウザくなるので控えますが、歴史に残るような生き方をせずとも、自分に恥じない生き方が出来ればいいなあとしみじみするわけです。
■まだ咲いていない枝垂桜(多分)。
■もう花開いていた梅
なんとなく、斎藤さんが眠ってらっしゃるところに綺麗なお花があって良かったなあとか思いました。
その後はタクシーで会津若松駅へ戻ったのですが、この時の運転手さんが「会津若松駅までお願いします」に対し、「わかりました」でも「はい」でも「了解しました」でもなく、「承知しました」だったのに個人的に激しくきゅんときました。
承知、承知って……!!
なんかかっこいいぞ。
----------
【総括】
・そんな訳で一泊二日の短い時間でしたが、それなりに堪能した気がします。
・元もとの目的が普通の旅行だったので、めいっぱい新選組関係の史跡を回る! という訳には行かなかったのですが十分楽しめました(色々と)。
・タクシーの方が仰るには、「鶴ヶ城と飯盛山を抑えて、あとはご自由に」というのが会津の観光プランだそうです。飯盛山(白虎隊自決の地。諸々関係史跡が沢山あります)は行かなかったよ…。
・足はね、ホントにないっす笑! 会津市内にしても、電車は1時間に1本で、循環バスはそれなり(1時間に2〜3本?)に出てますが、一方通行のぐるりんバスなので、ルートを良く考えてからの方がよろしいかと。
・ちなみにタクシーだと「湯野上温泉−大内宿」は2000円くらい、「会津若松−武家屋敷」も同じくらいかな。「武家屋敷−鶴ヶ城」が1000円弱くらいで「七日町−会津若松」までは650円くらいでした。
・多分る○ぶとかの情報誌にのっている「お勧め観光プラン」とかを参考にされたほうがいい、かも。
・会津の新選組ですが、会津藩お預かりであっただけで、会津で直接どうこうしたというのは斎藤さんくらいなのでそういった意味での資料や史跡はありません。それなら東京や京都の方がよほどあるかと思います。
・大内宿は果てしなく混むらしいです(雪とか桜の季節は特に)。おまけに逃げ道のない一本道なので、今回10分でいけた距離が2時間かかる時もあるそうな(うーわー…)。
・赤べこ可愛いよ赤べこ。ゆべしも好きです。
・あ、新幹線結構埋まるの早かった気がするのでお早めに!
最後までお付き合いくださってありがとうございましたv 愛。
さてと次は京都だ!!!
→Back
|
|
|
|
|