『OPEN THE NEW WORLD / 土方×千鶴』
――何を言っているのかと。
怒鳴りつけたい衝動を、千鶴は唇をかみ締めてこらえる。だって自分の言いたいことを、本当は土方もわかっていると知っているから。それでも尚、零れ落ちてしまうほどその胸は痛んでいるのだと分かるから。
(どうして)
どうしてこのひとばかり、こんな思いをしなければならないのだろう。
与えられた傷ではない。自らが選び、進んできた道の結果に負った傷だ。その責は無論、誰にあるものでもなく土方自身にある。
それでも思う。どうしたらこのひとが、心安らかに笑えるのだろうかと。切に願う。
役に立ちたいとその背中を追いかけ、傍にあることを認めてもらい、何も出来ずとも支えになっていると言ってもらえた自分は、誰がどう言おうと幸せだと胸を張れる。
だからきっと、土方も同じはずだ。己の夢を信じて意地を通し、ひたすらに時代を駆け抜けてきた己に後悔など微塵もないだろう。そして最後までその場に立つ事が出来たのなら、どのような結末であろうとも受け入れ、きっとあの、独特の笑みを浮かべるに違いない。率いるものとしての責任を胸に受け止めつつ、それでも笑って「仕方ねえな」とでも言ったに違いない。「幸せ」が何であるかなど、他者に決められるものではない。わかってる。わかっているのに。
呼吸のために唇を開こうものなら、揺れてしまう。だから、堪える。
(知っていたんだ)
土方の望む将来(さき)と、彼の行動が決して一致しないことなど。
生きたい、と言ってくれた言葉は心の底からのもので、嘘などなかった。自分と共に生きたいと言ってくれた言葉は、魂からのものだったと信じられる。けれど、彼の進む道はそことは別の次元にあったのだ。
どう考えた所で、あの戦の先にあったものは敗北であり、賊軍の要職についていた土方がその責を免れるはずがない。ただでさえ佐幕の筆頭とも言われる新選組を組織し、率いてきた男だ。新政府軍からしてみれば、憎みこそすれ、許すいわれなど一片たりとも存在しないだろう。
戦場で刃を交えて死ぬか、敗北の後に捕虜となり処刑されるか。命を奪われることは無くとも、捕虜として謹慎中に羅刹の発作が出てしまえばお終いだ。それを抑える薬も千鶴の血も無く、やがて命が尽きて果てるだろう。その前に、その姿を見られようものなら化け物として始末される可能性すらある。
あのままを生きて。生き抜いたとして二人で共に生きるなど、新政府軍に打ち勝つ他にない。そして、どうしたところでそれが不可能だということは、土方も自分も含めた、誰もがわかっていた。
なのにどうして、自分はその将来(さき)を夢見ていたのだろう。
死ぬ気だったとは思えない。生きるつもりでいた。どんなことがあっても生き抜いて、土方を追いかけ続けると決めていた。土方も自分と共に生きると願ってくれていた。
その言葉の指す意味などわからず、ただがむしゃらに。子供が世の理に縛られぬままに己の願望を口にする様にそれはとても良く似ていたのだと、今ならば分かる。
わかってしまったらもう、たまらなくなった。
熱が篭りすぎて痛みすら覚える吐息が唇を割る。不自然な呼吸に土方が気付かなければ良いと思いながら、同時にそれは無理だともわかっていて。
(弱い)
自分は、こんなにも弱い。
→ to be continued
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