『Kiss and Cry/きらり、ひかり』



「久しぶりに会ったと思えば、兄の妻を口説くとは。成長したものだな、お前も」
「兄様!」
「アシュヴィン!」
 背後から掛けられた声に千尋とシャニが振り向く。見れば常世の皇が丁度帰還したところだった。
 アシュヴィンの背後では、リブが苦笑しているように見える。実際、苦笑するしかなかったのだ。アシュヴィンがどれほど千尋を大切に思っているかなど、最近では正視に耐えない程。
 諸国への根回しの為に数日宮を空け、千尋と離れるだけでも主の機嫌は微妙に悪くなる。尤も、それが分かるのは自分だけなのでリブは良しとしているのだが。
 ようやく帰路に着き、まっすぐ千尋のいる幽宮へ足を向ける主の後を追えば、視線の先には末の皇子が姫にじゃれている。アシュヴィンがどれほど末の弟を可愛がっているかも知ってはいるが、おもしろくないことも確かだろう。
「兄様が義姉様を寂しがらせてるから、僕がお相手をしていただけだよ?」
「ほう。それはご苦労だったな。だが、俺が帰ってきたからにはもういいぞ」
 しれっと言い放つアシュヴィンに、シャニの頬が膨らむ。それをみるとアシュヴィンは破顔し、シャニを高々と抱き上げた。
「何だ。成長したのは外見(そとみ)もか」
 重くなったなお前、と、皇の顔ではなく一人の兄の顔で笑う。シャニは子ども扱いが不満なようで、抱き上げられた位置からアシュヴィンの首や肩に腕を回して反抗していた。だが、その顔に浮かぶのは勿論笑顔だ。
「息災だったか?」
 シャニを抱きかかえたまま、アシュヴィンが千尋に問う。顔つきが兄のものから一転、愛しい妻を見るものに変わり、その眼差しを受けた千尋は笑顔を浮かべることで答えとする。
「あなたは? 怪我とかしてない?」
「俺がそんなドジを踏むものか。お前がコイツと浮気をするよりも確率的には低いな」
「もう、心配してるのに」
 どうでもいいが、自分を引き合いに出して惚気るのは止めてほしいと、アシュヴィンの肩の上でシャニは思う。よじよじと兄の身体から離れると、わざとらしく千尋にぴたりと寄り添った。
「そんなこと言ってると、本気で取っちゃうからね?」
「お前が本気になったところで、我が妻がその気にならねば成り立つまい」


→ to be continued