『恋がさね』 こうなるかな、という予測が全く無かったわけではない。 しかし、ここまで如実にそれを表されるとは、流石の望美も思っていなかったのだが、それを迂闊と言う人間は恐らくいないだろう。 「まあ、あなたが源氏の神子様で、堪増様の花嫁様でらっしゃいますのね」 平家との合戦を源氏方の勝利という形で終え、ヒノエとこの世界に残ることを決めた望美は、あれから間もなくここ、熊野へとやってきた。 そうしてヒノエ自らに父である堪快(彼とはすでに面識があったが)やらそのほかの親戚、果ては一族にまで『花嫁』だと紹介され、見世物状態になっていた日々からようやく一息つけた頃、それ、は起こった。 「えーと……どちら様、でしたっけ」 「あなたに名乗る名前などございませんわ」 「あ、そう……」 ぷい、と、横を向ききっぱりとそう言い切られては、もはや何も答えようがない。望美は相手が何を言いたいのか、何をしたいのか計りかねて大人しく出方を伺うしかなかった。 身形のよさや、纏う雰囲気が自分の世話をしてくれている女房達とは明らかに違うから、それなりに身分のある姫君なのだろう。下手に怒らせてはヒノエの立場に影響しちゃうかな、などと考えながら、とりあえずこの空気の悪さはどうしたものか。 「だいたい何です、そのはしたない格好は」 「あ、今からちょっと山の上のほうまで歩こうかな、って」 「歩く!?」 信じられない、と言った声と顔で、姫君が反応を示す。そして望美の、短めに着付けた着物や男童のように上の位置で一つに結わいた髪を見ると、まるで汚らわしいものを見るような目で望美を見た。 そのあからさまな視線に、流石の望美も居心地が悪くなる。元々、自分がこちらの世界ではかなり浮くということは自覚していた。あの、ある種特別な状況下であった旅の道中だったからこそ、あまり目立たなかったその 異端ぶりが、ヒノエと想いを通わせ、この世界に残ると決めてからあからさまになってきたような気がする。 それは穏やかな日々だからこそ、気付いたこと。 (でもだからって、そうそう変わるものでもないしなあ) 17年間と少し、向こうの世界で育ち、身についた習性や常識と言うものはそう簡単に変えられるものではない。 |