『くちびると声で』 「早瀬」 うつむいたままこちらを向こうとしない奈央に、焦燥感が募る。勢いとは言え、自分はどれだけ彼女を傷つけてしまったのだろうか。 微妙に空いていた空間を詰め、志波が奈央の前に立つ。そして先ほどはるひがしたように地面に腰を下ろすと、奈央の顔を覗き込んだ。 「顔を、上げてくれねえか」 返事は、ない。 「……悪かった。つい、イライラして、あたった」 (違う) 謝ってほしいのは、そんなことじゃなくて。 せっかく止まった涙が、又じんわり浮かんでくる。ああもう、いつから自分は、こんなにも我侭になったのだろう。 こうしている間にも、時間はどんどん過ぎていく。早く仲直りして、無駄にしてしまった時間を取り戻すくらい楽しく過ごしたいのに。 (だってだって) 謝罪の言葉が聞きたいのではない。そうじゃなくて。 (わかってほしいの) 「……たし、志波くんの、なに?」 「なにって……」 「志波くんは、たとえばわたしが、知らない男の子にいっぱい囲まれてても、全然へいきなの?」 「何言って」 るんだ、と、言おうとして。 想像する。奈央が、そんな状況だったとしたら。 志波は男だ。自分の女がそんな状況であれば、周りにどう思われようが強引にでも割り込んで奈央をさらうだろう。そして、楽しいなら別だが嫌なら嫌でそういうそぶりでも見せろと小言のひとつも言うに決まっていて。 「望むとか望まないとかじゃなくて、ああいう状況で放っておかれたら」 「別に、放っておいた訳じゃ……って言うか、俺にしてみりゃ、助け舟のひとつでも出してもらいてえくらいだったんだぜ?」 「わかってるよ。でも、初めてあんなの見て、そんなことできるわけないじゃない。学校と違うから、そういうのが普通なのかもしれないし、そんなのわかんないもん」 「……」 「だからずっと待ってたのに」 ああ、そうか。 志波は言葉を失う。勿論、まだ自分にも言いたいことはある。あるけれど、それ以上に奈央の声が細くて、悲しそうで、そんなことはどうでも良くなって。 ただもう泣かないで欲しい。いつものように笑っていて欲しい。頼むから。 (頼むから) 「悪い」 → to be continued |