『Simpy』



――しゃん……しゃん……
 鈴の音が聴こえる。
 どこからかは分からない。背後からのような、いや、頭上からのような。かと思えば、ずっとずっと地底の奥底から響いてくるような気さえする。
(痛い)
 鈴の音が聴こえるたび、額の奥の方につきりとした傷みが走る。その痛みに望美は一瞬目を強く瞑り、再び目を開けばそこは見慣れた学校だった。
 雨が降りしきる、冬の只中の連絡通路。望美のクラスがある普通校舎と、体育館とを結ぶ。
 ああそうだ、自分は幼馴染である将臣と共にここを歩いていたのだ。
 ぼう、と、ともすれば霞んでしまいそうな意識の中、他人事のようにそう、思って。
――しゃん
(ああ、これは私と白龍を結ぶ音)
 記憶を辿るのに合わせて、あの日見た光景が目の前に広がる。自分たちが渡ろうとしていた校舎の向こうから譲が級友らとこちらへ歩いて来、すれ違い様何故か――まるでそうすることが当然のように――お互い歩みを止めた。
『あなたが』

 どうしたの君、迷子?、と。
 変わった服装より、変わった見目よりも明らかに幼い彼が一人で立っていることが気になって手を伸ばした望美に『彼』は微笑みかける。心底嬉しそうに。否、事実それ以上の幸福は彼にはなかったのだ。暗い、冷たい空間の狭間でただ一人漂いつづけた時間を考えれば。それは今となればわかることで。
 呼んでも呼んでも届かない声。応えることのない暗闇に、それでも問うことしか出来ない時間は、もはや時間としての形を成さぬほどに残酷で。
 伸ばされた手を、取る必要はなかった。
 目の前に彼女がいる――自分の、白龍の神子が。
『あなたが、私の』
『望美、何かおかしい!』
 本能的に何かを感じ取った将臣が、『彼』の視線を独占する望美の名を呼ぶ。同時に、もう一人の幼馴染も眼鏡の奥の眼差しを厳しくさせた。
(そうだ……これで、私)
『神子』
 笑みを浮かべた口元だけが、ひどく記憶に残り。
 それまで現実だと思っていた景色の全てを失い、世界が暗転した。


――しゃらん!



→ to be continued