『Special Affection』神宮寺レン×春歌


「す、すみません!」
 わたわたと身体を起こそうとすると、それよりも早く神宮寺さんの片腕が伸びてわたしの肩を抱いた。
「あ、あの、あの、狭くないですか?」
「狭いというか、寧ろオレとレディの間に隙間なんて無粋なもの、不要だと思わないかい?」
 なんだか今朝の神宮寺さんは絶好調な気がします。いえ、普段通りと言えば普段通りですが、なんというか、いつも以上に優しいというか甘いというか。
 そんなわたしの心境を読み取ったように、神宮寺さんがほんの少し眦を下げて微笑んだ。久しぶりの休みだからね、と、その言葉が指す本当の意味はわたしにもすぐわかった。だって、同じ気持ちだったから。
 反対側に移動させようとしていた体重を、彼の腕が導くほうへと預けなおす。ちょっとだけまだどきどきするけど、頬にふれた神宮寺さんの温度のおかげで少しずつ落ち着いていく。
 肩を抱いてくれていた指先が襟足を辿り、わたしの髪を絡める。撫でるように、梳くように、その仕草が心地よくて、わたしはそっと瞼を伏せた。
「で、さっきは何を考えてたんだい」
「え?」
「洗面所で、ため息ついてただろう? 悩みがあるなら、言ってごらん」
 声も、口元の笑みもいつもどおりだったけれど、わずかに真剣みを帯びた眼差しがわたしを心配してくれているのだとわかる。せっかくのお休みの日だというのに自分のくだらない悩みで彼を心配させてしまったのだとわかり、わたしは慌てて身体を起こしながら両手をぶんぶんと振った。
「いえ、神宮寺さんに心配をして頂くようなことではっ!」
「君を心配しないというのなら、オレは一体誰を心配すればいいのかな。まだわかってもらえてないようだから言うけど、オレは世界で一番レディを大切に思ってる」
 出来た距離を埋めるように真っ直ぐこちらを射抜く眼差しが、あんまりに綺麗でこんな時だというのにぼう、となる。彼がくれた言葉を胸の内で何度も反すうし、その想いのあたたかさに泣きたくなった。疑ってるわけじゃない、だけど、だからこそそれに返せる何かを自分が持っているのだということが信じられない。
「あの……本当に、大したことじゃないんです」
「うん」
「ええと、その……神宮寺さんが、あんまりかっこいいから」

→ to be continued


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『Sweet Dream』一ノ瀬トキヤ×春歌


  言われたとおりベッドに寝たまま大人しくしていると、時間の経過と共にキッチンから食欲をそそる匂いが伝わってくる。
(優しい匂いがします)
 大好きな人が、自分の為に料理を作ってくれる。誰かが自分の為に、と、してくれる行為は何でも嬉しいものだけれど、それが好きな相手なら尚更だ。
 約束を守れず、面倒ばかりかけてしまっているというのにこんなに幸せな気持ちになっていいものなのかと悩みながら、優しい匂いと幸せな気持ちにまどろみが訪れる。
 かすかに聞こえるトキヤが立てる音が、そこに彼がいるのだということを教えてくれて幸せ。
 彼が立てる音は、それがどんな場面だろうと無駄なものなど何もない。明確なリズムを刻んでいるわけでもないのに、気持ち悪い音が一つもない。
 浮かび始めたメロディを辿るように、春歌はゆっくりと意識を手放した。

*

「春歌、食事の用意が出来まし……」
 冷蔵庫に入っていた野菜を使って作ったリゾットをトレイに乗せてキッチンから戻ると、春歌からの返事がない。
 自分が食事を作っている間にまた眠ってしまったようだ。苦しそうな寝顔ではない、寧ろどこか幸せそうな表情を浮かべてはいるが、目元にはうっすらと隈ができている。
「…………」
 さてどうしたものか。彼女には申し訳ないが、とにかく何か胃に入れて、薬を飲んでもらわないと。
 サイドテーブルにトレイを置き、彼女の名を呼ぶために唇を開く。が、トキヤの唇からは何の言葉も紡がれなかった。
 迷うような、躊躇うような色が涼やかな目元に浮かぶ。一度眼差しを閉じて数秒を過ごし、やがてトキヤは覚悟を決めたように軽く息を吐いた。
 それが、合図。
「春歌ちゃん、起きて?」
 普段のトキヤからは想像も出来ないような、柔らかく陽だまりの温度を含んだ声が春歌の名を呼んだ。

→ to be continued


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『Sugard Soda』来栖翔×春歌


 掴まえた手を離すタイミングを失って、いやいやこれはこいつが転ばないようにだからと勝手に一人で言い訳して歩き出す。
 握った手から覗く指先がちらちらと視界に入って、そのたびに同じリズムで俺の心臓が跳ねる。なんだこれ。俺様かっこわりぃ。俺が目指してんのは、もっと余裕があっていつだって頼れる男なのに。
(全然、よゆーなんかねえし)
 なんだろ。こいつと知り合って、更に付き合うようになって、時間だってその分経ってるっていうのに、余裕なんて出来るどころかどんどん無くなってく。
 好きだって気持ちは落ち着くどころかどんどん膨らんでいって、今でこんなんじゃこの先どうなるんだ。
「今日はめいっぱい遊ぶぞ」
 気持ちを切り替えて、ずれてもいない帽子を直す。
「また暫くお互い忙しいしな。一緒にいることはできても、こーやって遊ぶことなんてなかなかできねーし」
「うん」
「おっしゃ。んじゃまずはあれから攻めるか!」
 それから俺たちは、宣言どおり死ぬほど遊んだ。
 春歌が行きたいっていった乗り物と、俺が乗りたいっていったアトラクション全部。
 途中途中でアイス食べたりポップコーン食ったりもして、そんでその時に俺が「ポップコーン持ったまんまじゃ乗り物には乗れないんだぞ」っていったら、本気にして泣きそうな顔して必死にほおばってる春歌がおかしくて可愛くてさ。春歌が食べ終わってから、「ケースに入ってて蓋が閉められれば平気だけどな」っていったら、顔を真っ赤にしてふくれてた。そんな顔も、やっぱり可愛い。
 ジェットコースターに三連続で乗ったらさすがに辛かったみたいで、春歌の足がよろよろしはじめる。大丈夫だよっていうその顔色はちょっと白くて、俺は無理矢理に春歌を近くにあったベンチに座らせた。
「ほら」
 買ってきたジュースを渡す。ありがとう、と受け取って一口飲んだ唇からこぼれた吐息。やっと一息ついた、といった態のそれに、俺が苦笑した。
「無理に付き合うことねーのに」
 責めたつもりはなかったっていうのに、やっぱり春歌はごめんねという。だから謝るなって、と言おうとして、違う、と一呼吸置いた。

  「俺が気付けば良かったんだよな。わるい」

→ to be continued