『ひだまりのうた / 土方×千鶴』


「あのね、好きな人ができたの」
 それは突然の出来事だった。
 いつもどおり家族三人で膳を囲み、ささやかながらも旬のものを取り入れた食事を楽しんでいたところに突然の爆弾発言だった――少なくとも、父である男にとっては。
「あら。だあれ?」
「まだないしょ」
 だってはずかしいから、と、頬を染める様はいっぱしの娘のそれだ。否、性別で言えば生まれたその瞬間から娘であることに間違いはないのだが、この場合はそういった意味ではなく、恋愛をするに相応しい年頃の娘がする表情だ、という意味になる。
 などと言うことを一人脳内で考えている時点で、父である男、土方歳三は動揺していた。当人がそれを認めるかどうかは別として、だ。
「おい千春、おまえに好きだのなんだのはまだ早ぇだろ。浮かれたこと言ってんじゃねぇぞ」
 不意に低くなった父親の声に、千春と呼ばれた娘の小さな肩がぴくりと震える。まさか怒られるとは思っていなかったのであろう、大きな目に更に大きく見開かれる。
 一方の千鶴はと言えば、無論同じ女として娘の気持ちは分かるし、そんな大仰なものでなくとも、幼い時代にあるほのかな感情の芽生えを可愛らしくも思う。
 その一方で、夫が今抱えているであろう感情がなんというものであるかも知ってはいたが、まさか彼がそのような態度を取るとは思わず、娘と同じように目を丸くしてしまった。
 女二人に凝視されていることに気付いてないはずもないのに、土方はむっつりとした顔のまま漬物を口に運び、次いで飯を食う。そしてわざとではないかと思うような音をたてて汁物を飲むと、再び飯を口に運んだ。
「かあさま、うかれたってなあに?」
「ええと……」
「どうしてとうさま、怒ったの?」
「怒ってなんかねえよ、呆れてるだけだ」


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『こもれびのうた / 沖田×千鶴』


 千鶴の腹に子が宿ってからというもの、総司はその腹を撫でるのが日課になっていた。
 最初は出ているのか出ていないのかわからない程度のものだったそれも、月日を追うごとにはっきりとした形となって主張を始める。常日ごろ一緒にいるとその変化には気付きにくいものだが、ふと改めて愛しい妻の腹をみれば、明らかに以前よりもぷくりと膨らんでおり、総司を動揺させた。
 ここには何があるんだろう。何がいるんだろう。
 私と総司さんの赤ちゃんですよ、と言われても、まだ膨らんでいなかった腹には何の説得力もなく、総司は楽しむように手の平で千鶴の腹を撫でていた。
 それから少し膨らんできた頃には、これは本当に一体なんだろうと恐る恐る触れるようになり、更に膨らみ始めると異様なほど大事に撫でるようになった。
 まるで自分が手を離したら、重みでおっこちるのではないかと疑っているような気すらするその所作に千鶴は呆れ、笑い、大丈夫ですよと何故か身重の妻が夫を気遣う始末。
 初産で、周りに頼れる人はおらず、不安がないと言えば嘘になる。けれど里におりれば産婆はいるし、たまにとは言え交流を持っている人々もいる。
 何よりも愛しい人が傍にいてくれて、自分をこんなにも大切にしてくれて。だからきっと、大丈夫。
「千鶴、体調はどう?」
 庭で洗濯物を干していると、縁側のつっかけを足に履いて総司がやってくる。本日何度目かの「お伺い」に、千鶴はにこりと笑顔を浮かべながら「大丈夫ですよ」と返した。
 そう、と、ほっとした表情を浮かべたのもつかの間で、総司の視線は千鶴の大きく膨らんだ腹へと注がれる。何度見ても、千鶴の細い身体に不釣合いなそれは、どうにかして軽くしてやりたいと思ってもどうにもならない代物で総司をやきもきさせる。

 下から持ち上げたら少しは軽くなるかもと試したことがあったが、結果は千鶴に怒られて終わった。こうなってしまうともう、一日も早く千鶴の腹から出てきてくれることを祈るしかない。
 
 
 
 → to be continued