拍手ありがとうございました!

※薄桜鬼特殊ネタ(SSL独自設定)ですので苦手な方はご遠慮ください※


【薄桜鬼】 −土方×千鶴− 




 おなじ言葉を言える幸せ。




 今日は特別な日。
 別に、誕生日でもクリスマスでも、バレンタインデーでもホワイトデーでもない。
 付き合い始めた記念日、という訳でもない。



 だけど今日は特別な日。

  買い物を終え、二人で並んで歩く空はゆったりと茜色になっている。たなびく雲が浮かんでなければ、空か海かもわからないほど今日の空は澄み切っている。
 夕食の材料を買出しに出かけ、スーパーの袋には鍋の材料。といっても重量のある野菜や調味料の一部は土方が持っている袋に入っており、千鶴が持っているほうにはほとんど重量を感じさせるものはない。
 荷物は互いに1つずつ、でもその重さは全く違う。さりげない優しさに、千鶴の頬が緩む。こんなことは、本当にいつものことなのだけれど。
 歩く場所も、土方がいつも車道側だ。一見そんなことには頓着しそうに見えなくもないのに、土方の気遣いはとても細かい。
 けれどその細やかさは主に周囲に対してだけ向けられて、彼自身には無頓着だということも知っている。土方と千鶴が付き合いだしてから今日までの間、数えるほどの喧嘩の理由も、9割はそれが原因だ。
「真夏に鍋ってのも、おかしなもんだな」
「食べたいって言ったの、土方さんじゃないですか」
 千鶴の言葉に、二重の意味で土方の眉根が寄る。
「おい、又戻ってるぞ」
「あ」
 しまった、と、千鶴の頬が頭上の空と同じ色に染まる。慣れないからこそ気をつけていたつもりだったのに、ちょっと油断するとすぐこれだ。
「そんな調子だと、結婚してからもずっと名字で呼ばれそうだな」
「うう……」
 反論できずに俯く。否定できないのがなんとも悔しいが、だって、土方はずっと土方だったから。
 土方先生、と呼ぶ癖が抜けてやっと土方さん、と呼べるようになった。それは、教師と生徒の関係が、恋人同士になったから。
 そして二人はもうすぐ夫婦になる。変わる関係性と共に、呼び方が変わるのも当然なのだけれど、「先生」を外して呼ぶのと、名字からいきなり名前になるのとではハードルの高さが違うと思うのは、自分だけだろうかと千鶴は首をひねった。
「そういや、よく名字が変わると銀行とか病院で困るって聞くな」
 呼ばれなれた自分の旧姓には耳が反応するが、呼ばれなれていない名字で呼ばれても人はそうそう反応を返せない。
 容易に想像できる千鶴の姿に土方がくぐもった笑いを零せば、意外なことに千鶴は大丈夫だと笑顔で言い切る。
「むしろ、土方って名前を聞いたほうが私、反応できると思います」
 自分の名前の音よりも、敏感に反応する音。
 大切な人の名前。
 少し慌てることはあるかもしれないけれど、だから気付かないなんてことはないですよと得意げに笑った千鶴を見、土方が絶句する。その耳は、僅かに夕焼けの色が乗っていた。
「……そうか」
「はい!」
 千鶴はこうやって時折、予想外の反応で自分を言い負かすことがある。普段は土方をたて、あまりでしゃばらないタイプではあるが、ここぞという時には絶対に譲らない。
 涙目になりながら、時には本当にぼろぼろと涙を零しながら、唇をへの字にまげても眼差しだけは真っ直ぐに自分を睨みつけて訴える。その強さに、自分は何回負かされただろう。
 それ以外にも、例えばこんなとき。からかうつもりで投げ付けた言葉に返された言葉が、予想外だった時。
 そのくせ、千鶴の言葉には嘘や誤魔化しがないから余計に反応に困ってしまう。真実だとわかるからこそ、照れくさいのだ。
 一回りも下の相手に言い負かされるなど、とんだ御笑い種だ。けれど一番笑えるのは、その状況を悪くないと思っている自分だろうと土方は思う。いつの間にこんなに、千鶴との関係が自分にとって心地の良いものになっていたのか。
 千鶴に言わせれば、ずるいのは土方さんの方ですと言いたいに決まっているが。
 やがてたどり着いたマンションで、千鶴が部屋の鍵を開けて扉を開く。その脇をするりと土方が通り、先に中へと入る。
「ただいま」
 誰もいない部屋だが、そういうのは最早習慣。
「ただいま」
 そして後に続いて部屋に入った千鶴も、同じ言葉を口にする。
 基本的な家具は揃っているが、まだまだ十分とはいえないがらんとした部屋を、それでも愛おしげな眼差しで見渡す。ここが、これから二人で暮らしていく新しい場所。
 数歩空いていた距離を詰めて、千鶴が土方に寄り添う。どうした? と眼差しのみで土方が問えば、笑みを浮かべたままの千鶴が何でもないと緩く首を振る。
 ふいに土方が身を屈め、千鶴の唇に己のそれで触れた。突然のことに千鶴が絶句し、ぱちぱちと繰り返す瞬きで何事かと問う。別になにかなきゃしちゃいけねえのかよ、と、向けられた苦笑に、千鶴はぶんぶんと首を振った。
 すると又土方の顔が近付く。一瞬身構えかけた千鶴が、けれど次の瞬間には覚悟を決めたようにすいと背筋を伸ばして瞼を伏せる。そんな大仰なものでもねえだろ、と思う気持ちと、そういうところが愛しいと思う気持ちが土方の中でせめぎあう。軽く触れるだけのキスを数度繰り返し、やがて千鶴の頬に手を添えてより上向かせ、深いものへと形を変えた。
 クーラーを入れてない部屋は、じっとしているだけでもじんわりと汗ばんでくる。外ならばわずかながらに風があるが、閉め切った部屋では何の救いもない。
「……あついな」
「……あつい、ですね」
 離れた唇で紡いだ言葉に、自然と笑みがこぼれる。クーラーを余り好まない土方はがらりとベランダに続く大きな窓を開けて空気をいれ、千鶴はその間に買ってきた袋をキッチンへと運んだ。
 籍を入れるのも式を挙げるのもあと二ヶ月の後だが、一足早く二人はこの部屋へと住まいを変えた。暫く互いに荷物を運んだり、片付けたりと慌しく実家とこことを往復していたが、ようやく一通りのことが落ち着いて、暮らせるようになったのが今日。
 実家住まいの千鶴と違い、一人暮らしの土方の部屋へ何度もあがったことはある。そこで一緒に食事をしたことも、夜を共に過ごしたこともある。
 やっていることは変わらないのに、ここでするひとつひとつが愛おしい。キッチンとリビングは間取りこそ仕切られているが、カウンター越しに空間が繋がっている。そこからベランダに出てタバコを吸っている背中が見えて、そしてその背中越しに真っ赤な空が見えて、ゆるりと流れていく雲が見えて――泣きたいくらいに、幸せだ。
 お邪魔します、じゃなくて、ただいまを言えること。
 それが同じ場所であること。
 時が経てば当たり前になるであろうそれが、こんなにも愛しくて泣きたくなる。
 野菜の葉をむきながら、千鶴には少し暑い室温に額の汗を拭う。土方はあまり酒に強いほうではないけれど、鍋の時には飲むことを知っている。だから、ビールを冷やしておかないと。
 それからお風呂も入れて。
「おい、初日からあんまり気負いすぎるなよ。おまえは変に真面目だから、ある程度は手を抜く事を覚えろ」
 いつの間にか戻ってきた土方が、カウンター越しにそう声をかけてくる。はい、大丈夫ですと返した答えすら、だからそういうところが真面目だって言ってるんだよと苦く返された。
「んじゃ、今日くらい俺がやるか」
「ええっ!? いいです、いいですから、土方さんは休んでてください!」
「名前」
「うっ、とっ、歳三さんは、休んでてください」
「なんだ。俺の手料理は食えないってのか」
 ずるい言い方をされて、ぐ、と千鶴が言いよどむ。そんなこと、ある訳ないって知ってるくせに。
 だが土方の料理の腕は、正直なところ一人暮らしをしていると思えない程度の腕だ。有り体に言ってしまえば、下手、の部類に入る。
 けれど鍋ならば基本材料を切るだけだし、水炊きにしてしまえば味もさほど問題にならないし。
「おまえ、何か失礼な事考えてるんじゃねえだろうな」
「なっ、ないですないです! あっ、あの、じゃあ、一緒に作りましょう! ねっ!? ひじ……歳三さんは野菜を切ってください。私がつくねを作ります」
「おう」
「それが終わったらお肉を適当な大きさに切ってください。私がおだしを作っておきますので」
 出来るだけ簡単な仕事を土方に回しつつ、二人並んで準備を進める。
 途中、鍋はどこだとか、食器はどこだとかちょっとした騒ぎになったり。
 そういう風に、二人で積み上げていくもの。
 ふいに生まれた沈黙の中、目があった瞬間にゆっくりと与えられるキス。照れくさくて、笑ってしまう。
「なんだか今日、いつもと違いますね」
 特段スキンシップが少ないほうではないが、多いほうでもないと思っていたのに、今日の土方はなんだか少し違う気がする。
 自分がちょっとしたことで浮き沈みするのはいつものことだが土方は違う。何の気なしに聞いてみれば、唇の端に笑みがのった。
「俺も浮かれてるのかもしれねえな」
 自嘲する様に笑った顔を見て、こんなにも好きだと千鶴の胸が熱くなった。
 小さな笑い声と、鍋の煮立つ音がキッチンに響く。


 愛しい日々の、始まりの日。











Fin
----------
Comment:


Yさん(その2)からのリクエスト。
「SSLで幸せなひじちづ(卒業後でもOK)」でした。


20101209






連続拍手は 10 回まで可能です。
コメント文字数は無制限ですのでご遠慮なくどうぞ! 作品の感想など頂けると嬉しいです。


- PatiPati (Ver 3.0) -